2008年1月20日日曜日

1月20日(日)センター試験考

1.浪速中学校一次B試験
・ 前のブログにも書いたが中学校は「二日連続でAとBの試験」がある。「一次B」というのはAは何処かの中学校を受験し、その結果による「受け皿としての対応策」(分かり易くいえばすべり止め)である。勿論その逆もあるのだが。即ちAを抑えにしてBを本命とするものだ。面白いシステムである。この「二日連続というのがミソ」である。
・ 本校の本年の大きな特徴は「Bの志願者が多い」ということだ。勿論AにもBにも両方受験する生徒もいるが、とにかく例年の3倍強の志願者数だ。これは浪速が強豪校に匹敵すると保護者から認められ始めたことを意味するのか。AとBと数値が余り変わらないというのは本校教員、過去全く経験がないという。
・ 「とにかく中学校受験の動きは読めない」。トータルの募集人員は70名であり、それくらいで良いと考えている。合格発表は明日の21日10時だ。そして25日に2次募集となる。以上で中学校はすべて終わる。
・ 浪速中学校に入学してくれた生徒には「6年間徹底的に浪速流で鍛える覚悟」だ。新生浪速の子飼いの生徒となる2年目だ。保護者には入学式には伝えねばならない。「お任せください」と。
2.浪速中学校一次A合格発表
・ 10時合格発表。光景は変わらない。「歓声、歓声」。日曜日ゆえ、お父さんの姿も多い。携帯電話で「合格したよ!」と子どもが誰かに電話している。祖父か祖母か、何時もの変わらぬ光景だが、こういうのを見るのは好きだね。
・ 合格者は「入学金を事務室に支払い」、近くの空き教室で待機している制服店から「制服の採寸」となる。一族総出で準備してくれている。今日だけで昨年の数を超えているから、喜んで貰えるだろう。社長が「先生、今日のBの受験者数は何名ですか」と聞いていたね。学校が元気あれば、お付き合いしている業者さんも元気になる。当たり前のことだ。
3.センター試験二日目
・ 二日目の本日は理科と数学。今後の予定は23日に平均点の中間発表、もし必要であれば25日に得点調整の有無の発表、その後は「国公立大の2次試験への出願が28日から始まり本番」となってくる。
・ 今年の志願倍率は過去最低の3.0倍、全国54万3385人の受験者数といい、昨年から1万人の減だ。間違いなく少子化だ。6教科28科目を全国736会場で行われた。ただしセンター試験を利用する「私立大学数は466校と過去最多」。10年前の2.6倍で全私大の80%を超す。1990年にこの制度がスタートした時にはわずか16校であったというからすごい伸びだ。背景には勿論少子化の中で「大学全入時代を迎え、生き残りをかけた大学間競争」がある。
・ 特に「センター利用」というセンター試験の得点だけで合否を決めるところがほとんどで、受験生はセンターを受ければ多数の私大の学部や学科に出願できる。一方、私大側から見れば、国公立を狙う受験生を呼び込める上に、テスト作成費用や会場設営、人件費の削減などメリットも大きい。
・ 昨日のブログでも触れたがますます「センター価値は上がる」。「進学校のシンボルはセンター受験者数に置き換わる」。AOや推薦入試も悪くは無いが「センターを受けて堂々と狙う大学に挑戦する気概」も大切だ。「浪速高校は今後センター受験者数を思い切って増やす」。
・ 日本史Bの問題は本校の受験生にとってダントツに有利となった。「神社神道に関わる問題」が出ておりこの問題の得点は全部取れる筈だ。授業の神道科ですべて教えているもので、取れてなかったら厳しく言わねばならない。「何、やっとんや」と。
4.大学入試センターの変遷と日本の問題
 ・正直言って団塊世代の我々には、この「大学入試センター」には馴染みが薄い。我々の時代は国立大学は完全に2極に分かれ、「国立一期校」と「国立二期校」であった。昭和30年代から始まる高学歴志向で大学短大への進学率が急上昇し、昭和45年には23.6%となる。
 ・40年代に入ってますます激しくなる「受験競争が大きな社会問題化」し、東京大学の「統一テスト構想」などが議論され昭和52年に「大学入試センターが設置」された。そして昭和54年に「第1回共通一次学力試験」が誕生する。共通一次世代だ。
 ・美空ひばりや裕次郎が活躍し、お父さんは「企業戦士」で家庭や子どもは全て母親に任せて働いていた頃だ。ところがこれも実は大学の序列化、輪切りの進路指導、入試改善は私学は切り捨て、国公立大のみにうまみがあるだけとの批判から11回で終焉することになる。
 ・変わって出てきたのが「臨教審答申の新テスト」、これが現在の「センター試験」だ。昭和60年、バブル始まりの時期である。国公立、私大の全てが利用でき、受験科目が大学の自由になる「アラカルト方式の誕生」である。即ち大学受験が「多様化と軽量化」になったのである。
 ・この時代から大学は変わっていく。都市圏大学と地方の大学の格差、一部ブランド大学への集中化、受験の大衆化が始まる。大学がどんどん入り易くなり、私立大学では3科目受験が当たり前、中には1科目というところも現れる。推薦入試とかAO入試とか聞いたことがないような合格方式が出てくる。
・一見高学歴化したように見えるが、実は何のために大学に行くのか、行っているのか分からないような「大学のファッション化」が進む。都会の「おしゃれな大学が人気」を博し、その結果「私高国低」と言われ、伝統ある地方の国立大学が落ち込んでいく。どんどん大学生の学力問題が言われ始め「分数の出来ない大学生」がベストセラー本になったりする世界でも例を見ない日本の大学となる。
 ・追い討ちをかけるように、文部省も「ゆとり教育」路線を打ち出すものだから「児童、生徒、学生の学力は低下の一途を辿る」のは当たり前だ。国立大学もさすがに「国家の危機」と反省し、平成13年度くらいから軽量化への反動であろうか、「5教科7科目」を標準とし始め、9科目受験の学部も出てきた。「先祖帰りの様相」である。
 ・このように大学を中心とする「日本の知性」は時代と共に、揺れ動いてきた。その結果国際学力比較で日本の子供たちの「学力の低下」が歴然としてきたし、生活スタイルも「どこまで恵まれたら気が済むのか」といわれるくらい、物と情報に満ち溢れて「将来を背負う日本の児童、生徒、学生の資質」が今厳しく問われているのである。
・ 今日は少し、肩に力が入ってブログを書いているが、「今、教育に携わる者の責任は重い。」浪速教職員は使命感を持って働いて欲しい。教職という職業は生活の糧を稼ぐだけの生業ではない。大げさに言えば日本の将来に責任を持っていると考えて欲しい。
・今日の文章も借り物ではない。新聞に目を通し、書物を読み、何時も生徒のことを考え、思いを文章にしたらこうなる。私は宮崎県の東国原知事のようには行かないが「浪速をどげんかせんといかん」と思って「命をかけて」やっている。
5.又生徒に出会う
 ・16時過ぎ天王寺ミオ1階のパン屋さんで女生徒集団に出会う。背中に「浪速高校排球部」の大きな背文字入りだからすぐ分かる。「アツ、校長先生だ。」よくパンを買っているところを見つかる。「勝ったかー?」「負けましたー!」と。