2008年9月11日木曜日

9月11日(木)9・11職員会議

・ 今日は「9.11」だ。あれから7年になるのか。「あのテロ事件の異常さ悲惨さ」とは別に私にとっても忘れられない日である。7年前の9月1日、私はニューヨーク経由でブラジルに長期出張する時であった。飛行機が2機WTCビルに突っ込んでいく、あのテレビの画面は今でも目に焼きついている。
・ 結局NYに入らずアトランタから乗り継いでサンパウロに入って行った。3ヵ月後帰国の時には無理をしてNYに飛び、あのビルのそばに佇んだ。建物は完全に取り払われていたが土煙と蒸気が立ち上っているのが目に焼きついている。若い頃ニューヨークに駐在しワールドトレードセンターには日本からの出張者をお連れして良く行ったものだ。
・ そしてブラジル滞在中に正式に「大阪府最初の民間人校長」として市内の伝統ある進学校に赴任することが正式に決まった。日本への帰国は、寒い雨が降る12月24日のクリスマスイブであった。
・ 成田からそのまま関空に飛んで翌日の25日府教委での記者会見に臨み、テレビカメラに囲まれたあの日から、色々なことがあり7年経った。そして今浪速にいるのだ。私にとってはこの9月11日は決して忘れられない日なのである。
・ 今日は「職員会議」の日。重要な項目があった。まず「明年1月1日から敷地内全面禁煙移行」について動議が用意され常勤講師以上で賛否を取る。結果は「有効投票総数86票で賛成82票、反対0票、保留4票」となった。これで「結論が出た」。
・ 私からは教職員の理解に対して感謝の言葉と喫煙者には「思い入れ」を持って慰めると言うか協力を願った。もう学校と言う場所で「禁煙は議論を超えたところ」であることは皆分かっている。昔私もヘビーな喫煙者だったから分かるのだが、もう限界である。「諦めなければならない。」
・ しかし管理職5名のうち4名が喫煙者でそれも相当なヘビーだから「どうするのだろう」と思ってしまう。だれも禁煙しようとは言い出さなかった。一般教員は3人も禁煙に成功したというのに。もう年も取ってるし「今更止める気などないのだろう」が、1月1日以降は絶対許さない。当たり前だ。「何のための管理職か」と私は厳しく迫る。
・ 10月1日付けで「3人の常勤講師の先生を専任教諭として採用」することを内定し、今日校内に発表した。いずれもそれぞれのキャリアがあり、様々な意見があったが「本校と運命を共にする覚悟」を確認し「今後の努力」を約束してくれたので期中であったが採用を決めた。65歳まで健康で「素晴らしい浪速の先生」として育ってくれることを願うばかりだ。
・ 本年4月に契約した常勤講師の先生方にも頑張って欲しいと願う。「粒が揃っている」とは大方の管理職先生や分掌長などの意見である。楽しみである。「緊張感」を持って仕事をしなければならない。しかしながら本校の目指す方向とご自分の教育観や生き方スタイルが異なると思ったら。早く本校を去って「自分に合った学校」を探すことだ。人生を無駄にしてはいけない。
・ 朝から「ホームページの校長公式メッセージ」について広報情報委員会、女性の常勤講師のY先生が対応してくれた。元来は「専任の男性教諭の担当」であったのだが、体を壊して休んでいるから、急遽彼女に回ってきたのだろう。この先生とは初めての仕事であったが「中々根性がありそうだ。」立派である。今日一日私との仕事で相当経験をした筈だ。それにしても「男は弱い」。専任に引き上げても「体調をすぐ壊す」。これには参った。2名連続だ。
・ 「関西大学との連携」について正式に外部発表した旨全員に伝え、「問答」についてサジェッションを与えた。朝から塾関係者から「問い合わせ」の電話がじゃんじゃん鳴っているらしい。あわせて「関大インテンシブコース」について来年からスタートする旨徹底した。「関西大学に行きたいと頑張る生徒」を多く育てていかねばならない。
・ 「10月の中学校体育祭の準備」に抜かりのないよう「更に徹底して指示した」。これは単なる中学校の運動会ではなくて「浪速中学校の存在」を世に知らしめる戦略もある。公立中学校が橋下知事と府教委と市町村教育委員会とで「全国学力調査結果の開示」をめぐってバトルをしている最中に「公立中学から私立中学へ生徒を呼び込む絶好の機会」と考えよとまで説明した。
・ 最後は「残業時間管理の問題」だ。職員会議から職員集会に切り替えて私から基調の説明をした。もう何回もブログなどに書いているので職員は分かっているが、最後の説明をした。その後事務長が用意した資料で考え方、手順などについて丁寧に説明したのである。事務長も大変だったろう。
・ その後職員代表の教諭がこの「テーマの捉え方」を個人として説明し、今後の手順について説明があった。これで1月以降進めてきた一連の「極めて大きな課題」は「新たな局面に入る」時間をかけてじっくりと進めてきたが「如何に日常管理が大切か」を私は痛感した。
・ 同時に「私の先見性」についても自負できるとも思った。すべては「教職員に個人パソコンを手渡した」時から始まったのである。今考えてもこれは「凄いことだった」のである。これがあればこそメールシステムが完成し、「イントラネットで勤務管理が可能となった」のである。付いてきて、ここまで持ってきてくれた事務室ならびに担当O教諭を評価したいと思う。
・ 最後に「嬉しい話」として大阪府神社庁が「200万円寄付」してくれることを皆に披露した。明日事務長が私の感謝状を持って「小切手」を受け取りに行く。「浪速の先生方が頑張ってくれているから、神社庁の気持ちです」と言われるのだ。「嬉しいではないか」。先生方はこういう学校に勤務しており「誇り」を持って頑張ってくださいと私は述べて職員集会を閉めた。
「今日の9・11職員会議は極めてエポックなもの」で新たな出発を確認できた日であった。早速校務員さんが正門に「来年1月1日以降の敷地内全面禁煙の予知予告看板」をつけていた。手回しが良い。