2008年9月25日木曜日

9月25日(木)麻生内閣スタート

・ 「麻生内閣が発足」しました。何か「やってくれそうな気」が些かしますが、どうでしょうか。安部、福田と2代続けて「ポイッと投げ出す」という前代未聞の政治劇があっただけに4回目の挑戦で「政権を手にした気概」がテレビ画面から伝わってきますね。
・ そうこうしていたらNHK7時のニュースで「小泉元首相の政界引退」のニュースが流れていました。何が面白いと言っても「政治ほど面白いものはない。」本当に興奮します。それはやはり「権力闘争」の血なまぐさを感じるからだと思います。前の福田さんは派閥に推されて「それならやりますか」という具合だったから、ご本人の「発信力の無さ」とあいまって国民はこの総理のことが良く分からなかった。
・ 私は福田さんのやったことで「一番の成果は政権の放り出し」だと思っています。これで日本の政治はまた一歩「崩壊に向けて前進」したと逆に評価しています。推されたからやるなどの根性では駄目で「権力は取りに行かねばならない。」それが「権力の権力たる所以」だと思います。大化の改心、応仁の乱、戦国時代、幕末、いずれの時代もそうでした。企業社会でも内部の権力闘争はすさまじいものです。
・ 早速麻生総理は閣僚名簿を自ら発表したりして、「やり方を変えよう」としています。閣僚配置もどうも自分なりの考えが随所に反映されていますね。お友達内閣とか論功行賞人事だとかマスコミは書いていますが、結局自民党の8派閥に抱えられた福田さんは完全な派閥均衡人事でニッチもさっちも行かなかったではありませんか。
・ 「小沢一郎率いる民主党と戦う内閣」と広言しており「総理が自在に動かせる戦陣の配置」を考えるのは大将として「当然である」と私は思います。福田さんは就任後すぐ「大連立」を考えたことが「崩壊の始まり」であったと私は思いますね。組織のトップが一戦戦う前に敵と通じようとするのでは意気は上がらないではありませんか。
・ 面白い政治劇が秋中盤に始まります。楽しみですね。日本の最も弱い部分が「政治」であり、官僚超一流、経済1流、政治3流といわれてきたのはもう随分前でもはや経済界も中央省庁も政治も腐ってきています。腐敗臭で鼻をつまみたくなる。ここは麻生総理に期待したいと思います。国民が民主党に期待しているのは小沢一郎の「破壊力」であり、麻生総理は現状を破壊出来るのか、見所です。「太郎・一郎勝負」となりました。
・ それにしても麻生内閣の閣僚18人のうち、なんと11人が「世襲議員」といいます。もはや「国会議員は家業」と化してきているのです。別に立派な人ならそれでも構わないが「どうも2世、3世のか弱さ」を感じてならない。安部さんや福田さんに感じるものですね。
・ 麻生さんも華麗なる系図ですが、この人には小泉さんと同じような普通のセレブを超えた「何か」が感じられる。それを「危なかしい」という人もいますが、それくらいでないと世の中も霞ヶ関も変えられない。小泉さんも「自民党をぶっ壊す」と言って壊しました。この人は「変人」と言われた人です。
・ 麻生さんも小泉さんに通じる「変わったところ」が感じられます。少なくとも安部さんや福田さんみたいな「常識人」とは見えない。この人の失言を聞いていると「人間そのもの」だと言う気がします。常識を少し外れたところに身がある。言葉は人間そのものだとの証明です。
・ 朝のウォーキングのときにキャップを少し斜めに被り、良い服を着て、葉巻をくねらし、漫画本が好きで「ぱっと思ったことを言っているようですがあれで結構気配り人間」なんだと思います。言ってみれば「チョイ悪親父」ってところですね。
・ 教育界は世襲制ではありませんが「似たような構図」です。親が教員だったから「「私も、僕も学校の先生に」というのはとても多い。手元に統計データはないがかなりの比率で「親子ともども教員」と言うのは多いと思います。
・ 大分県はそのような背景で起きた事件であり、出来の悪い子どもを何としても「教員にさせたい」と親は商品券を配りまくったのです。100万円、200万円などすぐ「取り戻せる」のです。
・ 調査機関によれば大分県では民間企業の年収が480万円、教員が732万円と言うから1.4倍の収入格差があります。「親心」とは言え、「あざとい考え」であり、教育界が変わらないのはそういう体質が影響もしていると言われても仕方がない。「皆同じ仲間」なのです。最後の最後は「仲間を守る」のがこの世界の共有項です。
・ 全員が同じ「赤信号、みんなで手を繋いで渡る」ようでは組織はいずれ腐敗してきます。栄枯盛衰とは良く言ったもので「覇者が転落し、敗者が復活する局面」はままある。「平家物語の世界」ですね。本校も敗残一歩手前で「息を吹き返し」ましたが、いずれ又「厳しい局面」に遭遇しないとは誰もいえません。これは歴史が証明していることです。
・ 果たして日本は麻生総理で復活するか、遂に自民公明の連立政権は政権の座から転がり落ちるのか、民主党に政権担当能力はあるのか、国民は目が離せないし、正しい選択をしなければなりません。
・ 政権の不安定は教育行政の停滞を招き、「混乱」が続けばその分、学校現場に影響してきます。橋下知事は最近「地方分権」ばかり発言していますが、お気持ちが分かるような気がします。「もう権限を地方に渡せ。自治体が責任を持ってやるから」というものでしょう。国はもう相手に出来ないって言っているのです。
・ こう次から次と文部科学大臣が変わるような国は世界にありません。世界的な日本の子どもの学力低下、日常生活課題、教育格差社会など課題は山積です。しかし結局のところ「国が悪い」と外部にほえても仕方が無く「現場がしっかりとしないと駄目」と言う結論になります。
・ そのためにはとにかく「現状を守るということではなくて、現状を改めるという気持ち」が特効薬だと考えます。「これで良いわ」となった瞬間に組織は停滞というより後退していると考えねばなりません。それは社会が進み、他の学校が進んでいるから相対的には遅れているということになるのです。
・ 今の教育改革、学校改革は平成12年くらいから叫ばれ始め、平成14年くらいから本格化してきました。もう8年くらい経っていますがまだ道半ばで、これから先も10年くらいは掛かるのではないでしょうか。
・ 衆参の「ねじれ現象が解消し、政党の離合集散で安定政権が出来る」のは何時になるのかさっぱり読めませんが、その間も生徒たちはどんどんは入ってきて卒業していきます。周辺は流動化しても、本校は「匍匐前進しながら、浪速の教育をしっかりとする」という気概と覚悟が重要です。この「匍匐前進という言葉の意味」と私が今この言葉を使っている理由が果たして何人くらい本校の教職員に分かってくれているのでしょうか。