2009年12月28日月曜日

12月28日(月)2009年仕事納め







・ 今日が本校の「仕事納め」である。私は今日は休ませて貰って北関東の自宅に帰っている。久しぶりだからやることが一杯あって大変だが、気持ちよく家の整理事が出来るのも「極めて順調に推移した1年」だったからである。こういうのを「順風満帆」というのだろう。頑張ってくれた「教職員に感謝」しなければならない。
・ 特に年末になって「プロジェクトX」で忙しなく落ち着かない日々であったがこれも26日の土曜日に「吉報」というか「目の前で大変満足する状況を観察」して、「万々歳」であったがこれなど今年の1年を象徴する出来事であった。
・ 「何のことかさっぱり分からない」とクレームを頂きそうであるが年が明けたらまず最初に「生徒に伝えたい」と思っているので、8日の「新春拝賀始業式」までお待ち頂きたいと思う。分割してプロジェクトX風に校長日記に記述する積りである。
・ 今年の「重大ニュース」は上げれば多くあるが中でも「多聞尚学館の開館」と「関西大学との連携のスタート」がある。外的要因で上げれば何といっても、「公立高校授業料無償化」が来るだろう。
・ 来年度からであるが、この民主党の政策を受けて大阪府は「府独自の政策をオン」させてきた。「私立高校就学支援推進校」制度というものである。年収350万円以下の世帯では府の助成金を上乗せして「私立高校も無償化」を図るというものである。
・ 民主党の公約「高校授業料の無償化」はどうも「大ヒット」であると前に書いた。それは「学校教育と言うものに新たな概念が生まれる」ような「気配」を生み出しているからである。高等学校教育が無償化と言うことは「義務教育的扱い」となってくるということだ。
・ すなわち「お金が無いから高校に行けない」と言うことではなくて高校に行かないのは「他に理由がある」ということになる。例えば「僕はお父さんの跡を継いで家具職人になる」とか「勉強など大っ嫌い」というようなケースだ。
・ 囲碁の最年少名人になった「井山裕太名人」は「高校に行くより囲碁の勉強をしたい」といって、囲碁名人になった。ゴルフの「最年少賞金王石川遼」君も高校でものすごく勉強したとは思えない。彼は最近大学進学はしないと言明した。
・ 今後このようなケースが増えてくるのではないか。「別に高校、大学に行かなくとも生きていける」というような風潮が出始めてきたと感じている。皮肉なものだ。授業料が無償になったら逆に高校など出ていなくとも生きていける。それよりも早くしたいことをしようと考える若者が今後とも増えてくるのではないか。
・ それともう一つの理由は高校、大学に進んでもその先に何があるのという「経済情勢を反映した社会の風潮」がある。誰でも彼でも高校や大学に行かなくとも良いではないか。大切なことは死ぬまでの「キャリア設計」であり、確固たる考えがあればその道に進めばよいという意見にも一定の説得力はある。
・ 今まではパイが膨れて行く世の中だったから「一応高校までは出ておこう」「行けるなら大学卒の資格を得ておこう」とか消極的な進学意識もあったのではないか。しかし世の中は変わってきた。
・ 高校卒も大学卒も「特徴」「特技」「意識」「展望」「志」等が無ければ世の中に出ても「何にも変わらない、何にもならない」状態になってきた。「特権ではなくなってきた」のである。そのように学歴を積み上げても「就職活動に東奔西走」する学生の姿が現実の姿である。

・ 前述のように大阪の私立高校は低所得家庭には国、大阪府、学校法人の3者で「完全授業料無償化」の方針を先ほど府と私立中学校高等学校連盟とが合意に達した。高校で言えば94校すべての学校が名乗りを上げた。
・ これは「公立高校の授業料完全無償化」による「公立回帰現象」に対する「一定の歯止め効果」があるのだろうか。無料なら「私学に行くわ!」と保護者は考えてくれるだろうか。年収が「350万円以下のご家庭の比率」は本校で言えばどれくらいの数値になるのであろうか。
・ しかし私はこの制度に満足はしていない。厳然として「私学と公立の授業料格差は残る」。義務教育で無い高等学校に学ぶ生徒に対して税金から支出される「教育費(公費)は公立私立の別なく公平でなければならない」という意見を主張し続けたいと思うのである。
・ それは「教育費の二重負担」の問題だからである。教育費において「公立学校にも私立高校生の保護者の税金が支出」され、一方私立学校においては保護者個人の負担すなわち、「私費負担」が強いられているという「二重負担」の問題である。
・ 先般、実施された府の世論調査でも「公立私立の学費に差が無ければ公立・私立どちらに進学されますか」の質問に、私立高校と答えた者は52%で公立高校の17%を大きく上回っている。
・ とにかく「公費支出の格差解消」こそ問題であり、教育の機会均等、学校選択の自由が阻害されている元凶なのである。明治以降の「官尊民卑」や「私立学校設立の経緯」などがあって戦後60年今日まで公私間格差が大きいままで来ているのである。
・ 公立だろうと私立だろうと生徒には「学校の特色で自由に選ばせる」のである。「公私間の助成金の格差を撤廃し、均等にして当然学区撤廃」が理想論である。府内何処にでも行けるようにしてやり「全く同じ土俵で」、公私の共存を図ればよい。これが「元来のあるべき姿」だと思う。
・ 年末年始の休暇でお酒を控えながら「公立高校授業料無償化が私立高校にどのような影響を与え私立の我々は何をなすべきか」じっくりと考えをまとめていきたい。この影響は2~3年続いて行くだろう。この「3年で私立高校の優勝劣敗」がはっきりしてくる。何としても浪速は生き残っていかねばならない。「来年も私は全身全霊で浪速のために頑張る。」

2009年12月26日土曜日

12月26日(土)精神疾患にかかる先生







・ 「教職員病休最多8578人」との本日の朝日の朝刊見出しである。産経は「心の病教職員最多5400人」とある。昨日文部科学省は調査結果を発表したが、「16年連続の増加」で、調査を始めた昭和54年度の約8倍になったと言う。
・ 病気休暇の8578人は前年度より509人増えて過去最多であるがこのうち「うつ病」や「精神疾患は5400人」で、こちらのほうも対前年度比で405人増と過去最高という。「精神疾患は病気休職全体の63%」というから異常に高い。
・ 精神疾患による休職は10年前に比べて3.15倍に増えており、全国の教育委員会の聞き取り調査によれば「多忙な業務によるストレス」「教育内容の変化についていけない」「保護者や地域からの要望の多様」などが背景にあると発表している。
・ 朝日の記事では「教員同士のコミニュケーションが少なく相談相手がいないという訴え」が目立ったとあったが、私に言わせれば「冗談ではない、子供でもあるまいし。相談相手を作れば良いのであって、いる、いないの話しではない」だろうと言いたい。
・ しかし「事の本質」を見逃してはいけない。文科省の調査結果を見ると精神疾患で休職した教職員は「50歳代以上が37%、40歳代が36%と7割以上を占め20代はたったの7%」である。
・ 経験の少ない若い世代の教員が様々な仕事に追いまわされた結果、「心の病」に陥るのは分からないでもないが「酸いも甘いも」味わってきた「経験20年、30年のベテランが精神疾患に罹る」のが私には良く分からない。
・ 「それって本当?」と聞き返したくらいだ。それに勤務時間だって若い世代は遅くまで残って仕事をしているがベテランは「時間休」を頻繁に取って「悠々自適」としておられるというのが私の偽らざる印象である。
・ 学校種別では「小学校が44%、中学校が30%、高校が16%」である。小学校、中学校に多いというのは分かるような気がする。その理由は後述しよう。子供が小さいからとか「モンスターペアレンツ」とかが理由ではないと私は思っている。
・ 一方懲戒、訓告、論旨免職などの処分の状況も文科省は明らかにした。それによると「個人情報の不適切取り扱」が277名と前年度から59人も増えている。調査項目に設定した05年度以降で最多という。これは本校も気をつけなければならない。
・ 「セクハラを含めたわいせつ行為による処分」は176人で前年度比で12人の増で被害者の内訳は「自校の児童生徒」が49%、「自校の卒業生」が3%、「自校以外の18歳未満」が15%もいたという。「教え子で52%を占める」のだから「許されない行為」である。手っ取り早いとでも言うのか。
・ 処分理由で最も多かったのは交通事故の2502人で28人の増、体罰は376人で5名の増だった。調査対象は全国の「公立の小中高の教職員91万5945人」というから徹底している。
・ 本校は嬉しいことに現在病気休暇中の教職員はゼロで、「精神疾患を患っている先生もゼロ」である。今年の実績で言えば人事上の処分は戒告が1件、厳重注意処分が2件であった。体罰事件は3年前に一件あったがその後は発生していない。「極めて健全な職場である」と言える。
・ 以上は表面に出た数値で実態はもっとひどいと考えておいた方が良いと思う。今朝の各紙には詳細に下記の事件を報道している。「大阪市立中学の教諭が電車内で女子大生の尻を1分間にわたって触り、逮」された。
・ 曽根崎署によればその教諭は「ストレスが溜まっていた」と容疑を認めていると書いてある。ストレスが溜まるたびに女子大生のお尻を触られたら堪ったものではない。「ふざけるな」と言いたい。
・ 以上の記事の横にもう一つ信じられないような事件がある。小学校のトイレで「嫌がらせ」のために女性教諭を盗撮したと29歳の男性教諭が懲戒処分にされたとあった。理由は「自分が人間関係で悩んでいるのはこの女性教諭と思い込んでトイレにカメラ」を仕掛けたらしい。過去にも盗撮はあると言うから常習者である。

・ 以上のような実態をどのように分析するかが問題である。精神疾患というとすぐ多忙だとかその職場や組織や保護者や管理職のせいにする向きがあるが、私に言わせれば「とんでもない話」で、教員が忙しくないとは言わないが「病気になるほど忙しいことは全く無い」というのが私の意見である。
・ 本校では「労働基準監督署の指導」を得て現在イントラネットで個々の教職員の勤務状況を把握しており、「時間外労働の実態も把握」している。年間の「有給取得」も他校に比べれば多いほうである。忙しいのが理由になるとは考えられない。
・ それに「教員の年間労働日」は多いとは言えない。夏休み、春休み、冬休み、試験期間と取ろうと思えば機会は多くある。「くたくたんなって働いている」ということは全く無い。少なくとも「蟹工船」ではない。
・ 要は「考えが甘い」のである。精神疾患がこの10年で3.15倍に増えたと言うのはほとんどが40代、50代の教員であり、私の見方はこうだ。要は「学校改革」「教育改革」がこの10年で劇的に叫ばれ進んできたから、それまで状態との「急変についていけていない」のである。
・ 「サボって」いたとは言わないが「平々凡々」と「行事をこなすだけ」であったベテランと言われる年齢層は「改革」というそのものを理解できなったことが背景にあると私は思っている。
・ 「温泉に浸って」いたが突然、厳寒の山中に放り出されたわけだから羅針盤をもともと身につけていない身としては「どう動いて良いのか分からずに」精神に支障をきたしたと私は分析している。
・ 学校の先生は「真面目人間が多い」から余計にそうなる。開き直ればそれはそれで道があるのだが、そこに「人事処遇システム」が出てきたものだから「人から評価されるという行為」に「面食らって」いるのである。
・ 大体、忙しくしている先生は精神疾患などにはなりはしないというのが私の観察である。「自己のアイデンティティ」を確立できず、「チームワークで仕事をする」と言っているのは、実は一人では何も出来ない教員の「詭弁」である。学校には結構こういうタイプが多い。
・ 最近のマスコミや団体などは常套句で「ストレス、ストレス」というがどこに言っても仕事のストレスはある。ストレスが嫌だと言って金剛山の頂上にテントを張って住んでも今度は「孤独のストレス」が来たと言うのだろう。
・ 相談相手がいないと言うが「仕事は元来一人でやるもの」で、団体はすぐ「同僚感、同僚性」などというが同僚に頼ろうとするから何時まで経っても「独り立ち」出来ないのではないか。
・ 上司から厳しく叱られたこともない教員、生徒を人質にした「クラス王国の王様」などでは変化に弱いことは分かっている話である。91万人のうちの5400人を多いと見るかどうかだが私は0.5%程度でありそれほど神経質になる必要は無いのではないか。
・ 問題だというのであれば一体全体「どうせよというのか」逆に問いたいくらいである。99.5%の先生は歯を食いしばって頑張ってくれているのである。私学は民間企業である。民間企業の社員の厳しさや辛さを忘れてはならない。

2009年12月25日金曜日

12月25日(金)府庁訪問







・ 理事長職務代理から校舎天辺の「国旗」が「あれでは小さいから大きなものをプレゼントする」との電話があった。「風が強くて強度のあるものが必要ですよ」と言ったら「二重になっている」と言われた。本当に細かいところに気がつくお人である。

・ 学校は昨日の午後から校内を開放して「校内見学会」を開いている。明日までの3日間である。まだ進路先を決めあぐねている生徒や都合悪く「入試説明会」に来られなかった生徒を対象にしているものだ。来校した中学3年生は昨日だけで前年同日に比べ1.38倍である。
・ 今日も昨年の2倍は来ているという。「一体全体どうしたことか?」どうも今年の中学3年生の動向が良く見えない。間違いなく「公立授業料無償化」の政策で中学校サイドでも進路指導に変化が起きているのかも知れない。このような見学会は昨年もあったと入試広報室は言うが私には記憶に無い。全く読めないのである。年明け8日から「教育相談」が始まる。

・ 今日は金曜日、実質的には今年最後の仕事日なる。28日月曜日は官公庁の「仕事納め」の日だから、今日午前中に府庁の私学・大学課にご挨拶に出向くことを前から決めていた。しかし朝から仕事は続き、アポ無しとなった。
・ 朝一番、「3年生の学年主任と進路指導部長」が入ってきて「関西大学からのパイロット校推薦入学に関する打ち合わせ」を行った。関大は「堺市に新しいキャンパス」を来年4月に開設する。学部名は「人間健康学部」である。
・ 「こころ」「からだ」「くらし」を総合的に捉え、人間の幸福を実現するための健康に関わる諸問題の解決手段を実践的に学ぶ教育と研究の拠点である。この学部は本校から自転車で15分でいけるような近さにある。
・ 学長先生から生徒の推薦依頼を受け、学年主任と進路指導部長がまず公募し具体的な人選に入ることになる。本校は府内南部に住む生徒が多く、この学部を大いに期待していたから志望者が多いだろう。
・ 学校が休みになっての連絡だから、始業式からの周知徹底など「時間との戦い」になる。学年主任や担任団が早速打ち合わせをしていた。立派な良い生徒を送ろうと思う。

・ 「2学期の成績のまとめ」を類・コース長から受ける。まずⅡ類、Ⅲ類、内部進学生、理数科、Ⅰ類のコース長からである。成績優秀者、単位欠点者、登校実績など詳細チェックする。どうもというかやはりというか「女生徒の頑張り」が目立つ。良い傾向ではあるが男子はもっと頑張らねばならない。

・ 10時「府庁私学・大学課」に年末ご挨拶に出向く。お忙しい中を課長はじめご担当の職員の方々がお時間を取って頂き当然「公立高校授業無償化」に話題を絞ってお話をした。
・ 本当に私学課の皆さん、我々私学のことを考え、頑張って頂いている様に頭の下がる思いである。我々は公立とは違う教育の中身で勝負していかないと「公立回帰」は止まらない。私学にとって「正念場の時」を迎えた。結論は「私学として良い教育をする」ことに尽きる。これが今日の結論である。

・ 府庁から戻るタクシーの中で運転手さんが「お客さん、ゴルフしますか」と突然聞いてきたのである。どうも余程「ゴルフが好き」な様子であった。私はもうクラブを握らなくなって8年になる。
・ 昔は「それは、それは良くプレーした」ものだったが、教育界に転じたときに「しないと決めた」のである。別に大きな理由があったわけではないが「自分へのけじめ」として決心したのである。
・ 校長がゴルフをするということは別におかしいことではないが、今まで企業人としてゴルフをしてきたので、それを継続すると「今までの延長線上の自分」だと思い「決別」したのである。もうクラブなどどこかに埃を被っているだろうし、古くて使い物にもならないと思う。
・ 若い、まだ30代前半でゴルフコースの会員権を購入し、本格的にやり始めた。海外駐在のときもゴルフは「日課ならぬ週課」であった。「土日の連ちゃん」も厭わずプレーしたものだった。「腕前」も少しは上達したがシングルにはなれなかった。
・ バブルの前には社用族で多くのプレーの機会を有していたがバブル崩壊後ゴルフ人口は幹部サラリーマンから一般の勤労者や女性へと広がっていったような気がする。タクシーの運転手さんが「唯一のストレス解消方法」といわれていたには少し驚いた。
・ プレー代も先週の平日に奈良のコースで回ったら、昼食が豪華なバイキングで「全て込み込みで7000円」と言われていた。間違っているのではないかと思った。一時期は平日でも安くて25000円はかかったものだった。私にとってもう一回ゴルフをする機会が訪れるか否か。恐らく無いかも知れない。

・ 12時過ぎに学校に戻り教職員から上がってくる「決済業務」をする。そして13時に「プロジェクトX」の打ち合わせとなった。午前中別の場所で「大きな進行」があり、その報告と今度は本校の対応として、関係者集まって確認の打ち合わせとなったのである。
・ 従って今日はクリスマスならぬ「記念すべき日」となったのである。しかしこのプロジェクトは明日の土曜日も仕事がありここ2ヶ月土日潰して皆さん、頑張ってくれている。有難い限りである。
・ 予定通り「新春拝賀式」で内外に「オープン」出来るかもしれない。しかしまだ安心できない部分があるのである。しかし私も明日は出勤するが実質の仕事納めの日に「プロジェクトX」の「日の目」を見たということが素晴らしい。

・ そうこうしていたらOBの「プロ野球オリックスの大引選手」がカレンダーを持参して校長室に来てくれた。本校卒業生で法政大学の主将からドラフトでオリックスに入団し1年目からレギュラーをしめている選手である。「玄人好みの大変素晴らしい選手で私はファン」である。
・ 話が弾んだ。今から野球部の練習を少し見てくれると言う。嬉しい限りである。「実家は住吉区の由緒ある神社」でありお父さんも大変立派なお方である。何時もこのようにストーブリーグに母校に戻ってくれる。心がけの大変立派な男である。
 

2009年12月24日木曜日

12月24日(木)学年通信











・ 今日は「クリスマスイブ」というのに「ゆっくり、ゆったり」とはいかない。年の瀬の「カウントダウン」が始まった感じで走り回っている。例年と違って今年は大きなイベントが二つもあった。
・ 私は片時もゆっくりとはせず、常に「テーマというかプロジェクト」を追い続け、その分、年度末には「関係先」が増えてくる。今年は「4月の多聞尚学館の開館と6月の関西大学との連携調印」があったことである。今年はこの二つのプロジェクトを中心に推移したような気がする。

・ 「プロジェクトX」のメンバーが7時45分頃に部屋に入ってくる。大体私が6時40分過ぎには執務室に入るのを知ってるから、「朝、私を捕まえる」のが大分一般的となってきた。昨日の23日に「大きな動き」がったのである。
・ 別に難しい打ち合わせをするのではない。プロジェクト進捗の要点の報告を受けて、判断し「新たな作戦指示を出す」のが私の仕事である。細かいところは管理職が「こなして」呉れているから、「最後の方針決定」である。このシステムが機能してきた。だから「意思決定が極めてスピーディ」になってきている。大変結構である。

・ 朝会の後、「多聞尚学館」に激励に赴く。2クラスが冬期講習を2泊3日でやってくれている。「数学と古典」であった。「極めて真剣」に取り組んでくれており私は大変気分が良かった。部屋に入ると一瞬の雰囲気で私は分かるのである。
・ 多聞はこの後週末26日から28日まで2泊3日、歳が明けて1月4日から6日までで「冬期講習」が入っている。特に正月明けは120名を超える大人数である。正月明けくらいは「ゆっくり」したいだろうがそれでは差がつかない。「人がやっていないときに勉強するという気概」が必要である。
・ 多聞に行く前に「千早赤阪村の松本村長に年末のご挨拶」に赴いた。本当に今年は多聞の売却という一大事を見事にやって頂き「感謝、感謝」あるのみである。大いに盛り上がり来年もお互い宜しくということになった。
・ 富田林、河内長野市との合併が頓挫し「村単独」で生きていくわけだから色々と協力をして欲しいとお願いされた。本校も微力ではあるが、出来るだけお力になりたいと思う。大阪府に「たった一つの村」があっても良いではないか、というのが私の考えである。

・ 学校に戻り年末のご挨拶を受けたりする。その後「関西大学の理事長先生」を訪問して年末のご挨拶をした。今年はわざわざ理事長と学長先生が学校に来ていただき連携調印式と生徒への講話をしていただき誠に有難いことであった。理事長先生には歓待していただき、昨今の「関西大学連携浪速中学校の入試説明会の状況」などをご報告申し上げた。

・ 最近いささか「気が焦っている」のは一つ仕事を抱えているからである。それは「さる教育雑誌社から論文の投稿を依頼」されており、それが「公立高校の授業無償化」について何か書いて欲しいというものである。
・ 書くのは簡単なことだか「公立高校の授業無償化が私立高校へどのような影響を及ぼすのか」触れなければ私が書く意味はない。微妙な問題ゆえに「どこまで書くか」「批判的に書くか、抑えて書くか、歓迎と書くか」「大阪府の勧めている就学推進校との兼ね合い」とかまだ頭で整理できていない。
・ ブログなどは書きたいように書けば良いのであるが「しっかりした教育図書」であれば、いい加減なことは書けない。私は教育評論家ではなくて「一学校を預かっている身」に過ぎず、普遍的に書くと「出過ぎ」かも知れないし、あれやこれと考えると慎重になるのである。書いたことには責任が伴うからだ。

・ 関西大学に赴く車の中で「学年通信」というものを読む。「移動の時に資料に目を通す」作業は、気分も落ち着いて、時間の有効利用にもなり、これは私のスタイルである。本校には良い点が多くあるが、その中に「学年通信」というものがある。
・ 学期末に学年主任が生徒・保護者宛に「通信文」を出すのである。「手作り」である。それに類、コース長なども発行することもある。それぞれの人間性が出ており私は書いた内容もさりながら、どのようなことに視点が言っているのか興味があるのである。
・ 忙しい中で「ご苦労さま」という感じだが保護者には大変喜ばれるのではないか。例えば今回は「冬休みの宿題」など情報提供しているし「3学期の予定」なども事前にお知らせしているからだ。
・ 便利な世の中になったもので「パソコン一台」あれば簡単に出来てしまう。画像などの貼り付けなど「お茶の子さいさい」で先生方はしてしまう。言い換えれば「パソコンが自在に操れないと」教師の仕事は大変だということである。
・ もちろん出来ないからと言って「給料が減ることはない」が、それでも役職者や分掌の仕事に支障を来たしてしまうことに成りかねない。私などはワードで文章を作るだけだが先生方の中には素晴らしい能力をお持ちの先生が多い。
・ どう贔屓目に見ても本校は「ITの達人」が多いと思う。これは「私の誇り」である。一定のレベル以上の先生の数は10名以上はおられると思う。この10名というのはハードもソフトも扱える上級者という意味で文章がただ作成出来るというわけではない。
・ 学校の「公式サイトの設計製作」なども一人で出来る先生もいるし、「成績処理システム」なども教員の手による自作品である。サーバーの取替えなども簡単な話で第一「校内イントラネットシステム」も自前の作品である。
・ いまや「アウトソーシング」の時代であるがこれには「後々引きずる」という仕組みがある。例えば外部のソフト会社にホームページの作成をお願いしても「管理費」がその後永遠に要求されるということにもなり兼ねない。
・ 従って「自力でやる」ということは極めて合理的なことなのである。前述した学年・コース長はすべてを自分で行っているからそこには「自分の匂い」を醸し出すことが出来る。このことは極めて重要なことである。
・ 「自分の言葉」で「自分の言い回し」で学年通信を書くことが生徒に人間の言葉として伝わる。これが複数の人間の合作であればそこには政党の機関紙みたいな無味乾燥なものになりかねない。私はこれらの先生の手になる学年・クラス通信を高く評価する。
・ 今回の学年通信においてKクラスは「KIファイターズ」と題してオーストラリアからの留学生特集を組んでいた。英文が入っていたりして大変面白い内容であった。2年生の学年主任は「浪速Ⅲ類新聞」と表し、新聞形式で「冬休みの課題」を徹底して記述している。
・ 高校1年のⅡ類は学年通信「万有引力」という題であるが今話題のNHKドラマ「坂の上の雲」を取り上げ正岡子規を詳細に論じていたのである。3年生の通信は来年度の干支にちなんで「寅歳の慣用句」をあげて説明していた。

2009年12月23日水曜日

12月23日(水)その2:あれから3年




・ 平成18年11月中旬くらいから具体的な話となってきた「浪速行き」は本格的に意を決しなければならない時期が来ていた。本当は19年4月からの着任でも良いと考えていたが、「周囲の事情」がそれを許さなくなっていた。話し合いの相手は「M理事長職務代理」だけであり、窓口は一本にしておかないと「外野の声」が入ったりしてややこしくなる。打ち合わせの場所は何時も「大阪天満宮の宮司応接室」であった。「極秘裏」に話は進んでいたのである。
・ そして3年前の12月22日、丁度3年前の昨12月22日の夕方17時過ぎ、私は心斎橋筋船場近くの喫茶店で一本の電話を待っていた。予定より遅れたがM理事長職代理から連絡があり、「先ほど理事会で先生の理事長招聘と来年4月からの校長就任が機関決定されましたが、お受け頂けますか?」という内容である。一旦電話は切られ、再度電話で「今から神社庁会館に来て頂きたい。」というもので、居並ぶ理事に初めて顔を見せご挨拶をした。喫茶店から神社庁までは歩いて10分、寒い日であったことを覚えている。
・ 理事会は11名の全理事のうち、実質的なオーナー的ポジションである大阪府神社庁庁長であるT理事を除いて「全員が退任」、総てを「木村新理事長に今後を委ねる」というもので、そこに今回の理事会の強い意志を感じられ、身の引き締まる思いがしたものだ。この時の「使命感と責任感」は今に続く。
・ 遡ること4日前12月18日、私は大阪府の有名な大手学校法人の、これまた日本政界で大臣を経験された有名な理事長の執務室にアポを取って据わっていた。「私みたいな浅学菲才の身にお声をかけていただいていた折角のお話ですが、他に義理あってお断りせざるを得なくなり、本日はお詫びに参りました。」言ってみれば「就職内定」を戴いていたにも関わらず、それを「内定辞退」に来たのである。
・ 理事長室を辞した後、その脚で直ぐタクシーを拾い大阪府庁に向かった。「友人関係、個人としての立場」から、間に立って「有力私学の校長職」を繋いでくれた恩人とも言える府庁幹部のお方である。私が到着する前に、先ほどの理事長から既に電話があったみたいで事情は察していただいており、「心苦しい面談」であったが、このお方も理事長も「気持ちよく申し出を受け止めてくれ、激励」をしていただいた。これで「退路を断った」「もはや先に進むしかない」と腹を決めたのである。
・ そして3年前の12月23日、すなわち3年前の今日当時の校長先生と初めて「顔合わせ」をしたのである。この日のことは今でも覚えている。この日、昨日の理事長就任を受けて、夕方17時大阪天満宮宮司室で初めて校長先生とお会いした。同席は他に理事長職務代理との3人であった。
・ 私と校長先生と二人で「そこらで一杯飲みましょうか」ということになり、二人は御堂筋線で天王寺に向かい一軒の居酒屋に入ることになる。話は弾み、看板で最後のオーダーを取りに来る22時過ぎまで飲んでいたことになる。でも校長先生の心中は察して余りあると思ったが、自分としてはどうしようもないことであった。「組織は非情が当たり前」で、「組織の意思で決定された」ことなのである。校長理事を含む全理事が「経営責任」を取ったと私は受け止めていた。
・ 校長先生のご対応はご立派であった。この席で二人の間で何が語られたかはもうどうでも良いことである。墓場まで持っていかねばならないことは「男の人生」には、ままあることである。
・ 「抵抗勢力は総てを蹴散らせて進まなければならない」ことは「浪速行きを決意したときから覚悟」していたが、この校長先生との会談で、その決意を新たにした。いずれにしても3月31日までは理事長と現校長との二人三脚で上手く進めなければならいが「学校第一、生徒第一」で進めると決心したのである。
・ 面白い話がある。飲みながら校長先生に「早速教職員に理事長就任挨拶」したいので、その場を作って欲しいと頼んでみたが「先生、もう終業式も終わって、部活動の先生以外、誰も学校に来ませんよ」と。
・ 「そんな、仕事納めは何時ですか?最後の職員会議は何時ですか、普通は28日頃までは仕事でしょう」と問うも、終業式の後は「基本的に教職員は休みで今度全員が揃うのは始業式です」と。「えー、そんな」と私。この話を聞いて、瞬間「噂とおり甘い、緩んだ学校だな。」と思ったのである。
・ しかし、まさか管理職に対して1月9日に一般の教職員と同時に「挨拶を交わす」ような「不恰好な真似」は出来ないので、管理職には1月6日学校に来るように「初めて理事長として指示」した。このときの管理職は現在誰一人残っていない。
・ 後日、聞いたことであるが当然「誰が理事長・校長兼務で来るのか」は全浪速教職員の最大の関心事で、校長交代もすでに噂として流れていたという。秘密を保持するというのはものすごく難しいことなのである。
・ でも「誰が来るか」は誰も予想できなかったみたいであり、12月22日の理事会のあと、校長は喫茶店で待ち構える管理職に電話しておそらく「あの木村だ。」と言われたのだろうと思う。そのようなことを言われていた。
・ これで一挙に私の名前が飛び回ることになる。しかし私は当然この事態を想定しており、事前に当時の事務長を呼び出し、「木村の理事長就任あいさつ文と論文」を封筒に入れて休み明け12月24日クリスマスイブにプレゼントとして全教職員の机の上に配布するよう頼んだのである。
・ 就任挨拶が年内に出来ないなら文書でするしか方法がなかったので、そのようにしたのであるが、その時配布した「あいさつ文」は以下のものである。今読み返してみても「当時の緊張感と使命感」が伝わってきて私は「感無量」になるのである。このようにして3年前の12月22日と23日は過ぎて行ったのである。「あれから3年」丁度3年経った。今日は平成21年12月23日である。

                             平成18年12月23日
教職員の皆様
就 任 ご 挨 拶
                              学校法人 大阪国学院
                               理事長 木村 智彦
拝啓

心せわしい年の暮れ、浪速中学校高等学校の教職員の皆様にはますます御健勝のこととお喜び申し上げます。

さて平成18年12月22日の(学)大阪国学院理事会において理事長に推挙され同日就任いたしました木村智彦と申します。また明年4月1日からは中学校高等学校長の兼務も併せて委嘱されています。どうか宜しくお願い致します。
大阪の別称「浪速」を冠に戴くこの伝統校に勤務できることを大変名誉と考えており、理事長として責任の重大さに身の引き締まる思いであります。私学を取り巻く厳しい環境の中、頑張っておられる先生方と一緒に仕事ができることを大変楽しみに致しております。浅学菲才の身ではありますが、全身全霊で本学院本校発展の為に努力する所存であり、どうかご協力をお願い申し上げます。

学校は年末を迎え公私ともにお忙しいと思い、まず本文にて就任のご挨拶をさせて頂きます。着任は明年1月6日ということになっており、教職員の皆様には1月9日に直接ご挨拶できるようお願い致しております。その席では資料を使いながら本法人の現状について理事長として少し述べさせて頂きます。何分にも急なお話であり、十分に理解できていないところがあるかも知れませんが、その部分はご容赦くださるようお願い申し上げます。
 
皆様方にとりまして来年もまた良いお年であることを祈念申し上げ、取り急ぎ就任のご挨拶とさせて頂きます。
敬具

12月23日(水)その1:あれから3年











・ 昨日のブログにも書いたが昨日は「2学期の終業式」であり、またこの日は今年最後の「職員会議」の日であった。開始時間は2時30分でこの職員会議を楽しみにしていたのである。私はこの職員会議で全教職員に「どうしても伝えたいこと」があったのである。
・ 実は昨日の12月22日はちょうど3年前の同じ日に私が「理事長に就任した日」であった。平成18年12月22日大阪府神社庁で行われた理事会で私は学校法人大阪国学院の理事長に、そして平成19年4月からは「浪速中学校高等学校校長を兼務」することも合わせ決定された日であったのである。
・ 「あれから3年、ちょうどあれから3年である。」私の人生にとってまさに「忘れられない3年」となった。しかしよくよく考えてみると私は今まで「何時も同じようなことを言っている」ような気がする。
・ 次に与えられた「新しい仕事」が私に何時もそのように思わせるのである。私の人生はおそらく他の人々と同じであろうが、何時も「山あり谷あり」の「波瀾万丈」「波乱万丈」だ。
・ 一つの舞台が終われば又荷物をまとめて次の巡業地へと出発する「旅回り一人一座の座長」ではないかと思うこともある。脚本、主演、監督すべてをこなす「一人芝居」である。
・ 人は「豪腕木村が歩く」と言い「改革が歩く」と言われてきた。「豪腕民間人校長」「パワーの塊」などと「あることないこと」を言われ、とにかく様々に言われて来たが「浪速舞台の3年間のロングラン公演」は「現役最終章の舞台」としては忘れられないものになりそうである。

・ 3年というのは一つの節目である。政治の世界では鳩山首相の「宰相としての資質の問題」がささやかれ始めてきた。人間的には「優しい感じの目配り気配り人間」で決して嫌いなタイプではないがどうも民主党政権が「ダッチロール現象」を始めてきたように見える。
・ その原因は何かという問題であるが「決めるべき人が決めないから」である。「決められない」のかも知れないがここに根本原因がある。党には小沢一郎という豪腕政治家がいるが彼は「独裁的に全てを決めている」のである。これでは「政と党の役割分担」と言っても機能するわけがない。
・ 今朝の朝刊には注目する記事があり、「自民党の前厚生労働省大臣であった舛添要一」氏が今の自民党には「小沢一郎以上の独裁的リーダーが必要」と言っている。「調整型のトップ」ではもはや乗り切れないというのである。「全く同感」である。
・ 自民党の再生ではなくて「新生」だと言うのである。自分がトップになったら「既存の秩序を無視し、全く新しい概念を導入する」と強調していた。「全くその通り」である。舛添内閣が出来たら8人くらい民主党から抜擢するとまで言っている。選挙候補者はすべて公募で決めるという。「分かる話」である。
・ 鳩山総理は「政治主導」といっているが既存の仕組みの中で進めているから「思い切ったことが出来ない」のである。あの鳩山内閣の各大臣を見ればよく分かる。野党時代と違って既存の秩序に乗っかかっているから、何か自民党の大臣みたいに見えてならない。
「橋下知事を見よ」。たった一人で「魔窟みたいな巨大な行政組織に単身乗り込み」、「好きなようにやっている」ではないか。政策には反論もあるが「組織の改革」に「調整型」では全く斬り込むことは出来ない。彼も独裁者である。
・ 人間は悲しいもので「可愛いのは自分だけ」なのである。「自分と家族が損をしなければ」其れで良いのである。そこには「高邁な理論」があっても「自分が損をする」となると「反対に回る」のである。典型的な「総論賛成、各論反対」なのである。
・ 「100人の組織の意見を一つにまとめるなど不可能である。」だから「決める人が必要」なのである。そうでなければ組織は動かない。リーダーが決めなければ全てが「現状維持」となる。人間は「現状維持が最も心地よい」のである。「改革は不安」なのである。
・ 「万機公論にて決すべし」「衆議を尽くして」などというが、組織を構成する人間はまず「頭の出来具合」「蓄積された知識と能力」「年齢と経験」「育ってきた環境と現在の家庭環境」「個人資産と稼ぎ」等々どれをとっても一つとして同じものはない。
・ そのような状況下で「喧々諤々」やっても「結論」など出てくるわけが無い。「民主的」というのはそのような「プロセスを担保」したうえで「決めるべき人が決める」ということである。
・ 決めるべき人間が一人で決めないと「時間がかかるばかり」で「結局何も変わらない」ということになる。自民党政治もそうだったし今の鳩山総理も同じ構図である。「学校とて全く同じ」である。教員が賛否を問うて多数決で決めて改革など出来るわけが無い。
・ 「しんどいことはいやだ」「これ以上仕事が増えたら困る」「誰がやるの」「責任は誰が取るの」「手当ては出るの」などなど出てくるから前に進めないのである。「だから学校は変わらなかった。本校も「地獄の一歩手前」まで来ていたのである。

・ 私はこの3年間「決め続けてきた。」「全てを決めてきた。」「浪速の再生ではなくて新生」として何でもかんでも独りで決めてきた。「創業」という言葉を使った。既存の延長線上に現在の浪速は無い。「新しい浪速を創る」ためにたった一人で決めてきた。
・ 昨日の職員会議でこの3年を振り返り、「改革の結果が現在の浪速であり展望」であると私は述べた。「改革をして何も見た目が変わらないのはそれは改革ではない」と私は強調した。「現状を見よ。変わったではないか」と私は具体例を挙げて話した。
・ 多くの生徒を集め、あらゆる施設設備をリフレッシュしてきた。進学実績も上がってきた。これが「改革の成果」であり、これを成し遂げたのは「トップの描く海図」に乗っ取って全教職員が「持ち場、持ち場で仕事をした結果」に他ならないと強調したのである。
・ 「理事長・校長と一般の教職員との仕事は質も量も全く異なる。視点は別の次元の話である。」とも私は述べた。管理職とは一般の教職員と違う仕事をしてこそ価値があるのであると言った。「教職員に経営の仕事はお願いしていない」とも言った。「自分の持ち場でベストの仕事をせよ」と言ったのである。
・ そして3年前に私が着任した時に「白けた」「一発かました」「無礼千万な振る舞い」をした教職員は「反省せよ」と言ったのである。「人間の品格の問題」でもあると言ったのである。
・ そして最後に私は「新校舎を建設」し大変動の真っ只中にある大阪の私学の中で「浪速に勤めている誇り」を今まで以上に持てるように「舵取り」を誤らないようにしたいと述べ、「皆さんの力があれば出来る」と申し述べたのである。
・ 楽な仕事などどこに行ってもあるわけが無い。苦しいがそれが仕事である。楽をしたければ金剛山の山上にでも「」を結んで行けばよいと私は言ったのである。社会人、プロの仕事人とは「仕事に立ち向かって行き、結果を出す」ことであると強調したのである。

2009年12月22日火曜日

12月22日(火)2学期終業式











・ 先日来、高校1年生で「編転入」の話が出てきる。他府県の私学から本校に転入したいとの強い要望であり、高校教務部長が担当として先方の教務部長と単位取得状況や教育課程などの比較などをしているがどうも簡単な話ではなさそうである。それはその学校が2期制であるからである。
・ もう最近では「2学期制」の話など「とんと」聞かなくなった。教育雑誌や新聞記事にも全くと言って良いほど出てこない。本校では1年かけて「教員のタスクチーム」が詳細検討してくれて「本校には馴染まない」との結論を出した。私もそのように思っていたので「答申を受け入れた」のである。
・ 今日は2学期の終業式であった。これが2学期制であったなら「これに似た行事」はやるのだろうが終業式とは言えず、おそらく「全校集会」などの言葉を使って終業式みたいなものをやるのであろう。
・ 2学期制であれば「前期」「後期」と言うから後期の終了式は年が明けて何時ころにやるのであろうか。3年生の大学受験もあったりでタイミングを取るのが結構難しいかもしれない。3年生は一挙に「卒業式」となるのであろうか。
・ 日本は「四季の移ろい」が顕著な国でこれは人間の生活の営みとその「心情に大きな影響」があると思っている。師走になれば「ああ、これで今年も終える。来年こそ頑張らねば・・・」という風に普通は思う筈だ。
・ 夏は高温多湿であり集中力などにも影響があるから1学期の終業式の後に「夏休み」を持ってくる。そして9月から2学期という具合である。そして年が改まれば3学期の「ラストスパート」となる。言ってみれば「学校文化醸成の根本サイクル」なのである。
・ 日本の学校には季節とともに進行するという長い間の伝統があった。夏休みを挟んで長い前期が続くというのは「学習効果」という意味でも疑問符が付くかも知れない。1学期に学んだことなど夏休みで生徒はすべて忘れるかも知れない。
・ とにかく2学期制の最大の問題は「校内考査」のタイミングである。開き過ぎては試験範囲が広くなり生徒には負担だし短すぎては効果が薄れる。そのように考えると今の「3学期制はうまいこと出来ている」のである。「昔の人は偉い」。
・ 前の学校ではこのような考えも深まっていなく、当時の「府内トップ進学校」が2学期制を導入したり、50分授業を「45分授業の7こま」とか「65分授業の5こま」とか色々あって検討したことが懐かしい。あの学校は今はどのようにしているのだろうか。
・ 一こまの授業時間に関して言えばこれ又私の考えは「50分授業が丁度良い」と思う。確かに45分はこま数が増えるが,あわただしいし第一45分は短い。最後の5分が極めて重要であるとの認識である。65分は長いしこま数が少なくてやはり「頻度」とうのも大切である。
・ 生徒の粒が揃い、自己規制ができる生徒の比率が多いところは十分2学期制の意味はあるが、幅の広い学校や私立高校ではその意義が薄れていることも間違いない。大体2学期制議論は「授業時間数の増」を目的としたものであったが私学は当の昔にそのようなものはクリアしているからである。

・ それよりも「何で始業式や終業式の日は授業がないの?」が長い間の私の疑問であったが本日の終業式は午前中4こまの授業を終えてから終業式である。これは大変うれしいが、理由は「新型インフルエンザ」で授業がとんだことへの補充である。
・ 始業式や終業式に学校に来て式を済ませ大掃除をして帰らせるというのはもう「時代遅れ」という気がするのである。せめて午前中でも授業をするということが「公立や他の私学との差別化」だと私は思っているのである。こういう面が教員側から出てくるようになったら「〆たもの」である。学校は良くなっていくと思っているのである。

・ 「学校制服」の会社の部長さんが年末の挨拶に来てくれた。関心はもっぱら来年の本校入学者の数であり、確かに制服会社からすれば大変な問題だろうと思う。しかしこれだけは私にも答えられない。橋下改革を批判していたのが面白かった。こういうところにも影響が出ているのである。

・ 終業式の後14:30から「今年最後の職員会議」であった。私はこういう時にも時間を大切に使いたい。来年度の予定を検討している部門から来年度は職員会議を月1回にしたいと言って来たので「それは駄目」とした。ネットだけの情報のやり取りだけでは問題である。やはり短くとも教職員が全員顔を揃えるということに意味があるのである。
・ 私は「16日の理事会の資料」をそのまま使って詳細に現状の経営課題について説明した。これがスタイルである。生の重要な数値がどんどん飛び交う説明である。完全な情報公開である。教職員が私の誠意を感じて貰えれば幸いである。特に「プロジェクトX」については年明けの「新春拝賀始業式」において内外に発表すると言明したのである。

・ 学校が終業式を終えても休みではない。冬季講習が28日まで続き、クラブの遠征試合や合宿など様々である。多聞尚学館での強化合宿もある。本校は28日が「仕事納め」の日となっている。入試広報室もまだまだ塾周りで走り回っている。
・ 運動クラブでちょっとした事件があり、「硬式テニス部は活動自粛」で清掃活動やミーティングなどをしていたが「頃合良し」と判断して「活動再開」を許可した。顧問の先生が大変喜んでいた。深々と頭を下げていた。生徒は「やりたくてやりたくて」うずうずしていたに違いない。

・ 夕刻「お願いすること」があって、「市立住吉商業高校」の校長先生を訪ねて学校を訪問した。歓待して頂いた。伝統ある商業高校であるが、一学年6クラスでもう男子生徒が数十人規模で200人以上が女生徒で何かと課題が多いとのお話であった。お互い校長の苦労は違わない。

2009年12月21日月曜日

12月21日(月)教育雑誌







・ 仕事柄、「教育に関する書物」はよく読むが分厚いものは段々と敬遠するようになってきた。「集中力」が続かなくなるからである。面倒くさくなるのである。一種の「堕落」である。その点、冊子風の週刊誌や月刊誌は読みやすくて大いに助かるのである。
・ 意識して「自己を管理」しなければならない。「唯我独尊」に陥っては危険であると自戒しているが、「人間とは愚か」で頭では分かっていても実際となると「実態は違う」という場面は多い。
・ 教職員が「理事長、それはちょっと疑問・・・?」と言ってくれれば良いが、彼らにしてみたら、理事長・校長に対してそれほど「簡単な話」ではなかろうと思う。管理職はこの点、朝会が主体であるが、「議論」というものがあり、トップの意見に意見をぶつけてくる。これが大変私には助かっている。
・ 管理職は「教職員の声」を私に届けなければならない。同時に「私の思い」を教職員に伝えることが仕事である。「天の声」など学校にあってはならないと思っている。特に私が気を付けているのがこの点である。
・ 従って私にとって本を読むのは「外部の声に耳を貸す」という意味がある。その一つの方法に小冊子があるのである。現在本校は「週間教育プロ」という週刊誌と「教育再生」「私学経営」「選択」という月刊誌を定期購読している。
・ この4冊で十分であり、あと必要な場合は「正論」「WILL」などの月刊雑誌を特集記事を新聞広告などから知って興味が湧けば書店で購入する。常に「頭をやわらかく」するために「教育の専門家の実践論や視点」などは経営や校務運営に大きな「滋養」を与えてくれていると思っている。
・ 「教育再生」12月号は特別インタビュー記事として「京都大学経済研究所所長の西村和雄先生」が登場しており「モラルの高い子供は学力も高い」と題して大変に興味ある内容となっていた。
・ ご存知、西村先生は教育界を超えて大変有名な先生で、今や日本の「オピニオンリーダー」であり、私は「信奉者」の一人である。例の「分数ができない大学生」という衝撃的なタイトルで1999年に一冊の本を発刊され、社会の普通の人々にも分かる形で「ゆとり教育の弊害」を浮き彫りにされたお方である。
・ 「西村史観」とも言うべき論理的な教育問題の歴史的考察を分かりやすく紐解いておられる。「ゆとり教育の失われた30年」「教科統合という魔物」「偏差値一掃と相対評価から絶対評価へ」「浸透する左翼の教育観」「モラルの高い子は学力も高い」との順番でご意見を披露されているのである。
・ そして最後が「四つの教え、一貫性を持って子供に接する」と結論を導いておられるのだがこの四つの教えに大変関心がわく。「人に親切にする」「嘘をつかない」「法を犯さない」「勉強する」と一見当たり前のようであるがよくよく考えてみると全くそのとおりだと思うのである。
・ 西村先生といえば大変有名なお言葉として「学習指導要領は国家の耐震基準のようなものであり、鉄筋の太さや数と似ている」との名言をはかれた先生であるが、インタビュアーの石井昌浩先生も「ゆとり教育の影響でちょっとした地震に遭遇するとすぐに倒壊する子供たち」と断じておられる。
・ 石井昌浩先生とは東京都の教育行政に長年携わり、国立市の教育長を勤められ、国立市の「偏向教育」を改革されたことで知られた実践派の教育者である。特に扶桑者から出された「丸投げされる学校」は戦後の学習指導要領を分析されており、日本教育界の「失われた30年」はインパクトがある。
・ 西村先生のご発言の中で私は「我が意を得たり」という特筆の部分は「まず人間の知識習得過程の基本は「真似て覚える」ことが原則であると言われる。これが「極めて単純な教育の常識」という考えを持つことであると。
・ 難しいことではない。まず「真似て覚えさせよ」といわれているのである。「考えて学ぶ」などは赤ん坊が言葉を覚えるのと違って幼少期にはあり得ない話で経験させて考えるということは教育の根本原則から外れていると言われるのである。
・ 確かに戦後の教育で「教えるのではなくて経験させて」という「経験主義教育」がはびこったが結果的には失敗した。これは人間というものが「学んで成長して行く」というプロセスを無視しているからだと言われているのである。
・ そして先生は日本は長い間「価値観の押し付け」と「徳育教育」をないがしろにしてきた「付け」が現在の姿だと言われる。これでは「モラルの高い子は育たない」。「やってはいけないこと、やらなければならないこと」を明確にしてしっかりと言わねばならないと教えられているのである。
・ まだ私の頭には「モラルが高いから学力が上がってくるのか、学力が高いからモラルも必然的についてくる」のか整理されていないが、8年の校長経験で間違いなく言えることは「学力とモラルは深い相関関係」があるということだ。
・ このようなことを一息ついて考えさせるところに「読書の効果」がある。硬直化していく脳内の酸化物を溶かし再生していく効果がある。ただ重要なことは一方で「信念」が必要である。
・ 軸がぶれてあちこち振り回されては周囲が迷惑を蒙る話である。根はしっかりとし、幹と小枝は「ゆらゆら」としても良いが、「しなやかさ」を失わないようにしていきたいと何時も思っているのである。
・ ところで教員も勉強をし続けなければなるまい。ところが実態はそのようになっているか。「教員の常識は社会の非常識」という飛語の類があるが「凝り固まった概念」にとらわれて「カチカチ頭」の教員を目にするがこれなど自らが「人間の幅」を広げる努力が求められる。
・ 確かに教員は「授業という定常業務に加えて非定常な仕事が突発的」にあったりで忙しいのは分かっているが、そのために「教師という職業への社会の尊敬のまなざしと処遇」を与えられているはずである。
・ 教職員も勉強し続け、管理職や経営者はその数倍も勉強しなければなるまい。「生涯学習」は学校社会のためにあるような言葉だと最近ではつくづくと思っているのである。「研究会」に入ったり本を読んだり、特に「他校の先生とお付き合い」する機会は教員にとって極めて効果ある学習の機会である。「井の中の蛙」となってはならない。

2009年12月20日日曜日

12月20日(日)教職員雅楽団の編成











・ ゆったりとした日曜日になったが「寒い、寒い」。歳を取ってくると寒さが堪える。亡くなった父も大変な寒がりで、若い頃にはその寒がりを笑っていたものだが同じ血を引いているからか、段々と私も寒がりになってきた。
・ 昨日も寒い日で「第5回中学校入試説明会」の出足を心配したが何とか昨年数値を大いに上回ったのでホッとしたと入試広報室長からメールが入っていた。これで本年の「重要な対外学校行事は終わった」とも言える。
・ 後は明日の「成績判定会議」、明後日の「終業式」で2学期の終了である。平成21年の終わりである。12月は「プロジェクトX」もあったりで、当に「師走」である。このまま行けば「改革3年目も順調に終了」できそうである。「先行き」厳しいことは待っていようが、まあ先の事を心配しすぎても仕方がない。
・ 歳が明けたら「8日が3学期の始業式」であるが2年前から「新春拝賀始業式」として始業式に合わせて学院神社への一斉参拝を格上げして新春拝賀とし、生徒、保護者代表をお招きして行っている。
・ その式には「雅楽部」による雅楽の演奏と「神楽舞」が厳かに奉納されるのである。「赤じゅうたん」を敷き詰めた舞台上で「正規の衣装」をまとった部員たちが演じてくれる様はいやがおうにも雰囲気を盛り上げてくれるのである。
・ ところで本校「雅楽部の指導は大変有名な演奏者」にお願いしており大阪天満宮宮司からご紹介を受けた先生である。現役の宮司さんでもある。府内には多くの生徒さんがおり「天神祭」などのときもお船に乗って演奏されている。
・ この先生に先週の木曜日に校長室にお招きして年度末のご挨拶をしたのであるが、このときに来年の雅楽舞を舞う生徒がいないし、現在極めて技術の高い高校3年生が卒業した後、雅楽部員の数など「先行き不安」があるとの相談を受けたのである。
・ 私は着任以来「神社神道の学校であるというアイデンティティ」を前面に押し出しあらゆる改革を進めてきた。部活動もその中にある。中でもこの「雅楽部の特別強化作戦」を展開してきたが、これだけは「思うように行かない」のである。
・ 見た目以上に「高価な雅楽の楽器」も購入し、「正装の衣装」も全員のものを更新した、入学式では「雅楽部に入ってくれたら楽器をプレゼント」などまで言って誘うのだが「うーん」いま一つ生徒の人気が沸いてこない。
・ 軽音楽で「何を言っているのか、叫んでいるのか」分からないような音楽なら中庭に直ぐ生徒は集まるがやはり雅楽は「古臭い」と見えてしまうのか。腕を上げるのが「難しい」のか、現状ではこう着状態を脱却できないと考えたのである。
・ その結果、結論を言えば「教職員集団の雅楽団の編成」の考えに行き着いたのである。有能な教師であるから「飲み込み」も早いであろう。又日頃お世話になっている先生が正式装束で素晴らしい雅楽を演奏する様を見れば生徒も「私も、僕もやってみようかな」となるかも知れないと踏んだのである。
・ 神社神道の学校に勤務する教職員がこの学校の真髄「学院神社のご祭神」に教師自ら「奉納演奏することは十分意味あること」と考えたのである。顧問のY先生と議論をしていてふと思いついたこの案に私は思わず「膝をたたいて」喜んだのである。「よし、これで行こう」と。
・ Y先生も賛成してくれ早速副校長に指示して「人選」である。やはり「音感」は大切かも知れない。又「雅楽舞」はそれなりの身体条件も必要かも知れないが、とりあえず「まあ一歩踏み出せば取捨選択されるだろう」という軽い気持ちもある。
・ 人選を終えて全員集合してもらって「結団式」を行った。副校長がそれぞれの先生のご意向を確認してるので不都合な人は居なかったので早速私は本題からお話して「理解と協力」をお願いしたのである。
・ 特に来年は「新武道館」が完成し、「日本庭園が目の前に広がる40畳の和室大広間」が雅楽部のために完成する。練習場は出来るのである。又好きな楽器の手配と装束も手配する。そして「指導者は学校が招聘」するのでまあ焦らずじっくりと腕を上げていけば良いとお願いしたのである。
・ これで1年もすればかなりの演奏力は出来るはずだから「定期演奏会は春と秋の例祭と新春拝賀式」、それに私学芸術文化祭など積極的に出演できる。こうして技術を高められたら大阪天満宮や道明寺天満宮、今宮戎などの「お祭に出演依頼」が来るかもしれない。これは兼職兼業を許すから結構なアルバイトになるだろう。まあ「取らぬ狸の皮算用」かも知れないが。
・ 例祭などの演奏は勿論先生方へはいくばくかのお礼しなければならないだろう。今度選出された先生方は皆さんお若くて将来有望な方々ばかりである。私は本当に良いアイデアに行き着いたと大変喜んでいるのである。
・ 「学校法人大阪国学院雅楽団の団長はY先生」、副団長は女性のY先生で雅楽舞に女性の先生4名、雅楽演奏に男性女性合わせて4名で当面10名でスタートである。このブログを読んで「自分も是非やりたい」と思われたら是非副校長先生のところに行ってください。「大歓迎」です。
・ 今このブログを書きながらテレビを見ている。「全国高校駅伝」である。素晴らしい。本校にも「駅伝チーム」を持ちたいなと思う。「やること、作ることがいっぱい」あって「順番」だ。
・ まず「新武道館」「プロジェクトX」「新校舎」が完成すれば思い切って「駅伝チーム」を編成したいと考えている。思い付きではない。前から考えていたことだ。浪速高校、有力な大学、大学箱根駅伝、マラソンランナー、オリンピック選手と「夢は膨らむ」ばかりである。
・ その段階がくれば「チーム編成と強化」に全国を歩いてお金は使う積りだ。しかしそこまで私の気力と体力が持つか、それが問題である。後10年若かったら何でも出来た。しかしこのように思うとここ15年の歴代の理事長や校長が結局「資産を何も残してこなかった」ことに「腹が立ってくる」のである。
・ 激しかった「労働組合所属教員や非組であるが日和見教員」の責任にしても仕方がなかろう。結局は「結果責任として経営側の責任」である。この3年間の改革で私はどれだけの設備施設を増強しリフレッシュしてきたことか。すべては私に付いてきてくれた「教職員の我慢と協力のお陰」である。私は今「教職員がいとおしく」感じているのである。

2009年12月19日土曜日

12月19日(土)第5回中学校入試説明会



・ 本日は「関西大学連携浪速中学校」の「第5回目入試説明会」である。第5回目と言っても高校入試説明会と違って一回一回の形は異なっている。高校は10月から月度に一度「同じスタイル」での説明会となる。高校は第3回目で終わりとなる。
・ しかし中学は「長丁場」だ。まず7月に第1回目の説明会として「ジャブを放つ」。そして8月の夏休み期間中は外して9月に「体験学習会」を行う。「体験入学」で実際に授業を受けて貰って雰囲気を味わって貰う。大体1回目の説明会に参加してくれた生徒の2倍程度が参加してくれる。
・ 体験入学参加者すべてが「私学希望者」とはならない。友達に誘われて興味本位に参加する子供たちもいるのである。そして10月に第1回目の「プレテスト」の運びとなるのである。ここからが準本番とも言える。
・ このプレテストは私学にとって大変重要なもので言い換えれば本校主催の「模擬試験」みたいなものであるから、これを受験するということは相当本校に興味があるということである。
・ 従ってプレテスト受験者数が最終的な志願者数につながるという認識を有しており、ここからの「伸び率」が極めて重要である。過去4年の統計データは明確にその傾向を示している。そして大きな「山場となる11月の第2回目のプレテスト」である。
・ 今年1回目と2回目の参加者を加えた合計数値は例年に比べものすごく大きな数値となり「過去の新記録」となった。しかしプレの参加者が志願者数とならないところが難しいのである。まず両方とも参加すれば「心象が良くなり合格率が高い」という間違った噂などもありダブル参加者は一人に換算しなければならない。
・ また「お試し受験」というのがある。「どうも浪速の人気がよさそう」なので「一応、プレを受けて、押さえておくか」というものである。私立中学の中にはプレテストの費用をとっているところがあるが、本校では現在無料としている。
・ 中学受験をする生徒・保護者は「学校選び」に関しては、それはもう真剣だし慎重が上にも慎重である。中学3年、高校3年の6年間を学ばせる学校だから当然といえば当然である。
・ 生徒の中にはお試しで受けて「模擬テスト」感覚でその学校の「値踏み」の一助にするのだろうと思う。すなわち複数の学校のプレテストを受けて最後の最後で本番受験の一校を決めるのである。
・ 山場は第2回目のプレテストまでであるとされているが本校は考えが異なる。12月の最後のほうに第5回目の説明会を行うのは「最後の投げ網」と言ったところか。意思決定の遅れた子供たちやまだ「迷っている」生徒保護者を対象に「念押し」の機会としてこの5回目を設けているのである。
・ 従って5回目の参加者は様々な理由がある。中には小学校4年生や5年生の保護者の方も来られているのである。統計データによれば参加者数は少なく大体第1回目の参加数規模と同じレベルである。
・ 元来「私立中学受験の進路指導は塾が行う」ことが多い。塾の先生が保護者からの負託を受けてアドバイスするから、私立学校が「セールスマン」や「スーパーの安売り」みたいに言っても信用などされない。
・ 長年培われたノウハウや実績から私立中学進学先を決めてくるからまず「塾の先生方のご信頼」を得なければ駄目である。「誠意を持って本校の教育内容をご説明」させて頂き、「関心」を有して貰うことから全ては始まるのである。
・ 今年のデータを見ていると塾長様の関心を頂いているのは間違いなさそうであるが、最終的にどうなるのかと言えば必ずしもプレテスト参加者が全て受験者にはならない状況も垣間見えているのである。
・ すなわち週刊誌風に表現すれば「大阪府私立中学受験地図が塗り変わりつつ」あるのである。一挙にはいかないということだ。「難しい」ということが実感である。そして本日を終えた後、年明け「1月16日(土)の本番試験」を迎えることとなるのである。
・ 本校は過去の統計データを徹底して分析しており大体22年度入試も志願者数を想定できるところにまで来ているが、今年の「私立中学入試」は「読めない」という。その理由は各私立中学が「入学偏差値ラインの幅」を大きく広げているからであると見ている。
・ 学校にはそれぞれの歴史と実績から中学校の成績を基にした合格ラインみたいなものがあって、それらが階層状になって「学校群が序列化」されているがどうも今年はこの幅が「入り乱れて」いるというのである。
・ すなわち従来はそのレベルまで取らなかった学校が「下限の範囲を広げて」、受験者を「かっさらおう」というのである。極限は「来る者拒まず」というところである。しかしそれをやったら、翌年からは「塾業界」から「総すかん」を食らうことになるという声もある。
・ そういう学校には安心して子供をやれないといわれるのである。表現は悪いが「上澄み」だけなら「幾らでも伸ばせる」が、低い方がいると「そちらに精力を取られて」どっち付かずとなるというのである。
・ しかし今後少子化の進展の中で「良いとこ取り」だけでは生徒募集に苦しむのではないかないかという危惧は当然のことながらあるのである。要は「伸ばせるものは伸ばし、遅れているものは引き上げる」という「教育の幅の広さ」が求められて来ているのかも知れない。
・ 「虎の子の中学生」は高校入学時に「専願者」になるはずだから中学生が多いほど経営的には安心できる話である。まして公立の授業料が無償化になる中で「私学のいいとこどり」が限界に達するのは目に見えるような気もするのである。
・ 浪速中学校はこの点については相当自信があり、実績を示すこともできる。私は今日の第5回目説明会でも真剣に用意周到に資料を準備してプレゼンテーションを行った。「やるだけはやった」と思うが、結果がどう出るかそれは年明けの「願書受付期間」で分かる話である。「人事を尽くして天命を待つ」である。

2009年12月18日金曜日

12月18日(金)ピアノの手配











・ 来年度から「高校の芸術選択」に従来からの「美術」に加えて「音楽」を入れることはすでに決めている。現在はその開講に向けて準備中であるが、まず「音楽の先生」を手配しなければならない。結果、常勤で1名、非常勤の先生で1名、良い先生が確保出来た。
・ 常勤講師の先生はメインを高校とし非常勤の先生は中学で、二人呼吸を合わせて「本校音楽教育の構築」をお願いすることになる。職員室が変わるがお互い「大阪音大」の卒業生だからチームワークは大丈夫と期待している。
・ 「音楽教室」は中学、高校と2教室必要だが従来の「音楽教室」に加えて、もう一つ中学の技術室を一部改造しなければならない。改造といっても「ピアノの設置」と「防音工事」である。新校舎建設まではそれで行く。
・ ところで昨日の「理事会・評議員会」で私から音楽教育の導入をご説明したらある評議員から神社神道の学校だから新校舎建設時には「書道教室」を作ったらどうかとのご意見を頂いた。元々その積もりである。
・ ワープロ全盛、携帯メールに長けてはいるが最近の生徒は「信じられないような字」を書く。「書やペン習字など書道の基礎は大切」であると考えている。あの「墨の匂い」を嗅げば「心が落ち着く」ことを生徒に分かって欲しいと思う。
・ さてピアノであるが現在本校には「2台のグランドピアノ」があり、一つは音楽教室、もう一つは体育館である。この2台のピアノについては後述するが、新しく改造する音楽室に持ち込むピアノをどうするのかという問題がある。
・ しかし我々は幸運でピアノを買わなくとも、もう一台保有しているのである。「どこにあるのか?」。「多聞尚学館」にアップライトであるがピアノがあるのである。このピアノについては少しばかりの「経緯」があった。
・ 多聞尚学館は千早赤阪存立多聞小学校であったのを当方が買収して「校外宿泊学習施設」として改造したものであるが、買収交渉の時点で学校の「備品」についてはどうするか議論があったのである。
・ ストーブとかテーブルとか壁の絵とか様々なものがあった中で私は「ピアノと大形プロジェクター画面は出来れば置いておいてください」と村当局に頼んだのである。村当局も受け入れてくださり、なんと「オルガン」2台もつけて譲って頂いたのである。
・ 本校の生徒たちが「勉強の合間」にピアノでも弾けばリラックス出来るかなと思ったり、地元への感謝の集いとしてプロ音楽家の「音楽会」なども将来の構想としてあったのである。しかし半年使ってみて、現実には勉強、勉強でそのような時間は取れない事がわかった。
・ 従って私はこのピアノを本校に持ってくることとした。しかし問題はそのピアノの状況であり、「使い物にならない代物」なら新しく買わねばならない。出来れば「何かと物入り」な時だけにこの多聞のピアノを役に立てたかったのである。
・ そういう訳で中学の音楽の非常勤講師の先生に「診断」して貰うこととし、事務長補佐と過日多聞を往復して貰ったのである。その結果は「十分使い物になる」というお答えを頂いた。
・ ピアノのメーカーは「デアパソン」と言い、ヤマハや河合しか知らない世代には「これって大丈夫?」という感覚であったが先生に言わせると有名なメーカーであると言われる。
・ ネットで調べてみると由緒あるメーカーでヨーロッパの音質に近いと高い評価でピアニストや音楽家をはじめ教育関係者に根強い「ファン」がいるという。私は「小躍り」して喜んだのである。
・ 昭和58年に購入されており、132型のアップライトであるから現在の販売価格は913500円とあったから安いものではない。これを住吉区の本校に移動させ新しい音楽室に安置した後「調律」を行えばピアノは揃うことになる。
・ ところで今現在本校にある2台のグランドピアノであるがこの際と思って調べたのであるがこちらは相当古い物であることがわかったのである。音楽室にあるものは昭和60年の購入でヤマハである。購入後24年だからそれほど古いものではない。
・ しかし体育館に「放置?」されているものは同じヤマハではあるが昭和40年の購入であると分かった。実に44年も経っているが「これを古いと見るかまだ新しい」とみるか、私には専門家でないから分からない。
・ 日ごろ全く使う機会はなく卒業式に弾くくらいだから錆付いていると思い、自分の目で見に行ったが、「見た目」は損傷がひどく、「これでは・・・」という感じであった。それで出入りの音楽店の社長に詳細見て貰ったのである。
・ 答えは「整備すればまだ十分使える」であったが、「弦張替え調整」「ハンマーフェルト全交換調整」「アクション全体調整」でメーカー持込で2週間を要し「見積額が567000円」と来たのである。
・ 44年のピアノに57万円もかけるよりはこの際新しいアップライトでも買ったほうが良いとの考えも浮かんで来ており現在思案の最中である。そうすれば当然このグランドは「下取り」」に出すことになろう。高く引き取って貰えばコストは助かる筈と踏んでいるのである。
・ 「どこに下取りに出すかって?」聞かれたら答えは出ている。もちろん「タケモトピアノ」である。例のコメディアンの財津一郎が出演しているテレビのコマーシャルで「ピアノ売ってチョーダイ」というあれだ。
・ またこのタケモトピアノは本社が堺市堺区にあるご近所であり、ピアノ買取業者の大手である。:
     ♪ピアノ売ってチョーダイ  ♪ピアノ売ってチョーダイ
      もっと も~ツと タケモット  みんなまあるくタケモトピアノ~
      でんわして ちょうだい   でんわしてチョーダイ  (以下省略

結論が出れば事務長補佐がタケモとピアノに電話することになろう。

2009年12月16日水曜日

12月16日(水)12月理事会・評議員会











・ 今日は「理事会評議員会の日」であった。理事7名全員出席で評議員は23名の70%の出席率となった。「考えられない出席率」と何時も名誉理事長や理事長職務代理は言われる。
・ 学校改革の前には本当に出席者は少なく「来たくなかった」という理事者や評議員が多く、ほんの数名の寂しいものであったと聞いた。まさに『様変わり』とはこういうことかと職務代理は言われる。来ても「暗い話」ばかりで面白くなかったのだと思う。下手をすれば貧乏学校から「寄附を要求される」と思われたのかも知れない。
・ とにかくこの「理事会と評議員は学校法人で最も重要な意思決定機関」であり、内閣で言えば「閣議」であり、企業でいえば「取締役会」に相当するものと私は考えている。私立学校法をご専門とされ多くの書物を出しておられる弁護士の俵先生は「寄付行為は国の憲法に比すべき根本規則」とまで書いておられる。
・ この「寄附行為」という「へんてこりん」な名前は文字通り「寄附された財産を運用するための規則」という意味で使われており、「学校法人の運営はこの寄附行為に記載されている通り」になされなければならないのである。まあ企業で言う「定款」みたいなものである。
・ 寄附行為には学校法人の「管理機関の選任、理事会の準備、予算、決算、紛争処理、など」こと細かく規定されている。記載事項としては「法定の固定的事項」「寄附行為の定めによる事項」「その他寄附行為で定める任意的事項」と分かれている。
・ 本校も立派な寄附行為を有して入り、これは私が「着任して大幅に変更」したものである。平成19年6月22日から施行されたものであるが、当然監督官庁である「大阪府の指導認可」を受けなければその効力はない。
・ 理事長の職務については私立学校法の第12条に「理事長はこの法人を代表し、その業務を総理する」と記載されており、本法人でも第11条に「理事長はこの法人を代表しその業務を総理する」とある。
・ 又学校法人の代表権の制限条項が第13条に設けられており、その内容は「理事長以外の理事はこの法人の業務を代表しない」と記載されており、「理事長権限」は極めて大きいものがあるのである。
・ 評議員会は学校法人に置かれる「合議制の諮問機関」である。特別に寄附行為で規定された場合を除き諮問機関であるから意見を述べ、諮問に答え、報告を受ける等を職務とするが、要は私は「チェック機関」と理解している。
・ 私立学校に勤務する職員でも特に学校経営に関与している「法人職員」はこの寄附行為と私立学校法を理解していないと「仕事にはならない」。下手をしたら「大事件」を起こしてしまうから要注意である。
・ そういう訳で今日の理事会・評議員会は「重要事項」が目白押しであり、丁寧にご説明しご報告し、ご意見を頂いたのである。私の説明はプロジェクターを使って行い、他の教職員は資料を提出してご説明した。
・ まず「新武道館の正式確認とメーカー決定」「学則変更の関わる部分」「プロジェクトX」が今日の最も重要な議題であった。中でも学則変更に関わる部分は「公立高校授業料の無償化に伴う私学としての対応方針」があり、具体的には「授業料等仕分け」の明確化がある。
・ 「プロジェクトX」については別途の機会に譲るが本日の理事会・評議員会で満場一致で賛同を得たのである。最後の詰めを行い年明け草々にでも「新春お年玉」として「内外に正式発表」できれば良いと思っている。
・ 今日はそれ以外に重要な議題を上程した。それは60歳以上の「選択定年制」と55歳以上を対象にした「セカンドキャリア支援プラン」の議論を頂き「」が正式に決定されたのでこれを早速「来週の職員会議にかけて教職員に公示」することとした。
・ 社会の経済情勢と勤労者の処遇状況を見ながら適切なレベルでの処遇施策としたもので特に60歳未満で「一大決心」して「転職を考えている教職員」に通常の退職金に「割増」して「支援金を出す」のだから本当に本校は優しいと思う。しかしこの制度は今年が最後としたい。
・ 又重要な事項として大阪府から求めれている「情報公開」と「教職員給与のラスパイレス指数」「経営者報酬」についても議論にあげてご理解を頂いた。理事長報酬については名誉理事長と理事長職務代理と理事長で結論を出すこととなった。
・ 「多聞尚学館の使用状況とランニング経費」は極めて明確な資料が作成されて。評価を頂いたのである。要はこれほど「上手く使われている箱物」は過去になかったとうことである。「初期投資は3年で回収出来る」と報告できることが本当に嬉しかったのである。副校長の静かで落ち着いた説明が良かった。
・ その他としては現在までの「生徒募集活動状況」の報告があった。入試説明会では大きな伸び率を示しているがまあ最後の蓋を開けるまで分からない。しかし「年越しを気分良くするため」には良い情報ですと私は言ったのである。参加者が多いほうが良いのは分かっているが「専願数と併願戻り」は全く予想がつかないからである。
・ 神道科の新しい「手作り教科書」の進捗状況が神道科の教諭からあり、又「ボーイスカウト」についても担当の教頭からあった。又中学校の教頭からは「浪速中学校の実力評価」について自信にあふれた報告があったのである。
・「これは受けた。」 紙一枚の報告であったがインパクトがあった。特に元高校教師であった評議員から「英語教育の成果」をみとめる発言があったのである。この話題は最後の最後に報告事項に追加で入れたものであったが良いことは出すべきであると痛感したのである。
・ 「新武道館建設」「学則」変更も正式に決まった。最後に「人事上の取り扱い」について、試験問題管理について度重なるトラブルを発生させた二人の教員について「就業規則上の懲戒処分」について理事会に図ったのである。
・ 私は学校経営と公務の運営で「すべて透明性を高めて」「親切に説明する」方針で今まで来た。このような資料を準備し公開している学校はそうは多くはないと思う。これだけは私は自信を持っているのである。そして管理職の説明の仕方も大変上手くなってきて大変嬉しい。
・ そして理事と評議員が私のブログと理事会の資料が完全に理解でき、実行できれば明日からでも本校の理事長校長、理事、評議員が務まると思う。そう思って資料公開をしているのである。今日だけでも「中身が濃い」内容であり、紙一枚一枚に「教職員の努力の汗」がこもっていると思っているのである。これらの成果を表に出してやらねばならない。
・会議後「年末直会(なおらい)」で理事全員が心斎橋に場所を移して理事会の継続である。楽しい一時であった。この席においても話題は事務長の説明した「木村改革3年間の改革の軌跡」であり、出席者に相当なインパクトを与えたみたいであった。事務長は大いに「得点を稼いだ」のである。                                                                                                                         

2009年12月15日火曜日

12月15日(火)アメリカ留学の人気が下降
















・ 「アメリカ留学が人気下降」だという。別に鳩山民主党政権になって「普天間基地」の問題でアメリカとの関係がおかしくなってきていることが影響しているのではなくて「留学先」として若者はアメリカを避け始めているというのである。
・ 米国留学は「若者の夢」であったが1997年の47000人をピークとして2007年の34000人まで減り続けているという。「アメリカ大好き人間」の私としては辛い話なのである。
・ 12月11日の朝日新聞の解説記事を読んでみると面白いことが書いてある。国際化が進展し「アメリカ一辺倒ではなくて様々な国に興味」を示すようになったことが大きな理由だとしている。これは分かる。
・ が、同時にアメリカ社会の「活気あふれる国」と米国のイメージに「尻込み」し、「マイペースで過ごせる国が良い」と口にする「草食系の学生」が増えているのも原因だというのである。
・ 朝日はここまで「米国を嫌うか」と私などは思うのであるが、うなずける部分はある。「競争が激しい」「ゆっくりリラックスして学びたい」と英語圏ではカナダやオーストラリアを希望する学生が目立つとコメントするのは日本学生支援機構の留学情報センターの相談員である。
・ 驚くのは英語の勉強なのに「早口でさっぱり分からない」から英語が母国語でない北欧なども希望する向きもあるというから驚く話だ。準備段階から「日本語で留学先の大学と連絡が取れますか」とか聞いてくる学生も多いという。
・ それでは何のための留学か分からない。「留学は未知へのチャレンジ」であるが「無理をしたくない」学生が多くなっているのである。こうした傾向は公的機関でも心配を表明しており、政府の教育再生会議でも指摘している。
・ すなわち「若者が内向き志向」になり外の世界に積極的に飛び出していかなくなっているというのである。08年度の「科学技術白書」にも日本人学生の海外留学について「内向き志向が見られ近年は伸び悩んでいる」と分析している。
・ こういった現状に「米国大使館」は危機感を持って対応している。米国大使館主席公使は「若い日本人にアメリカ留学を宣伝しなければならない」といって「アメリカ留学エキスポ」と名づけて一大イベント開催した。
・ 更にピザとかドーナツなど「アメリカンフード」を並べてブルースやロックのライブコンサートも打ったが結果は今ひとつだったというから「若者のアメリカ離れ」は深刻である。将来の日米関係を考えればアメリカで生活した経験のある日本人が多ければ多いほど良いがどうも現実にはそのようになっていない。
・ 一方で「アジアは希望者増」という。文科省の調査によれば日本を出て海外で学ぶ留学生自体は増えており「05年の総数は約8万人と10年前の1.3倍」というから増えて派いる。しかし私はまだまだ少ないと思う。
・ アジアの中で「人気は中国」で05年には「19000人弱で10年前の2倍以上」と大幅な伸びである。世界の工場中国のイメージは国際化の流れの中で一頃のように「嫌中感」としては小さくなっているのか。
・ 確かに日本と中国は近いし、物価も安く、又日本の大学と交換留学の協定を結ぶ大学が増えているのも影響しているのだろうが,私のように米国に住んだことのある「親米派」からすれば残念で仕方が無い。
・ 若いときに「自由の国」「アメリカンドリーム」「人種の坩堝」「ヤンキー」「米国英語」世界に金融と経済そして国際政治の舞台」を体感することは「英語が上手くなる以上」に実りが大きい体験になる。
・ 大体「競争がいや」だとか「早口で分からない」とか時々日本語を使いたいとか根性が甘い。こういう若者が増えていること自体、日本の抱える問題の深刻さを感じるのである。困ったものだ。

・ ところで本校には「今1名の留学生」を預かっている。「オーストラリアからの16歳の男子生徒」で、12月1日から来年の1月23日まで約2ヶ月間である。ホストファミリーは堺市に在住のお方である。
・ 当て嵌めたクラスは「英語の強化クラス」としたがどうやら上手く馴染んでくれたみたいである。私は初めての長期にわたる受け入れで心配はしたが本校の生徒と若者同士上手くやってくれているのに安心したのである。
・ 昨日この留学生とクラスメート数人を呼んで懇談したのだが本校生徒も英語を使って「コミニュケーション」を取ろうと努力しており、そう意味では「留学生受け入れ」も生徒たちには大いに勉強になるのだと思った。
・ まだ漢字は50個くらししか分からないし、数学と成ると困るが社会科などは理解できると感想を述べていた。日本食も苦にならないということで「頼もしい」と私は思った。
・ 「日本の高校生もこのように積極的に短期留学」する機会が増えれば良いと思ったのである。大いに勉強になる。本校の女子生徒にこの留学生についてどう印象を受けたかと私が英語で質問したら、大変興味ある答えが返ってきたのである。
・ 最初の女生徒は「トール」と言ったのである。確かに1メートル80センチはある長身である。次の女生徒は「ハンサム」と言い、その次の生徒は「目が美しい」と言った。確かに「ブルーの瞳」で魅力はある。これらを聞いていた本校の男子生徒は余り「面白くなさそうだった」。
・ 中国、韓国、オーストラリア、インド、タイなどドンドン若者が海外に学ぶ時代が来ている。本校も短期、長期の海外留学の制度を充実して機会を増やす努力をしたいと思う。又このような海外留学生の受け入れも積極的に果たして行きたいと思う。「学校が国際的」になってくるのは悪いことではない。

2009年12月14日月曜日

12月14日(月)多聞における中学生習熟度別講習







・ 3年生の一クラスを「学級閉鎖」とした。新型インフルに罹り発熱状態で学校を休んでいるものが6名となったためである。ただ先週には「年度末試験」が終わっており「卒業判定」などには影響を与えないから比較的気が楽である。特に2学期は高校3年生が狙われている。これで2クラス目であるが、全体としては「下火傾向」になっているのを感じる。

・ 朝一番に先週終わった期末試験中に発生した「トラブル」について副校長から報告があった。「答案用紙」に関するものだったが、こんなことでは困ると「厳しく注意」した。どうも本校は試験問題や答案用紙の扱いに「ぞんざい」なところがある。
・ 生徒は真剣に取り組んでいるのだから、教師もこれを受けて「緊張感」をもって取り扱って貰わないと困る。私は度重なる「チョンボ」には厳しい。幾ら仕事をしっかりとやっていてもこの種のミスをする教師を先生とは認めない。
・ 「人間にはミスはある」、しかし大切なことは「システムとして再発防止を図る」ことを考えることである。個人のミスを責めるだけでは又別の人で同じことが繰り返される。その為には「仕組みの構築」が大切である。
・ 又「同じことを繰り返さない」という「職場の風土」が重要である。本校ではここが出来ていない。ここを改善するように今日の「校務運営委員会」でも厳しく言ったところである。

・ 本校は市内の有力な民間教育機関である「五ッ木書房」さんに模擬試験の会場をお貸ししている。昨日の日曜日はその日に当たったのである。例年12月は「志望校での受験」となるので参加者の数を気にしていたが、なんと「過去新記録の参加者数」だったと報告を受けた。
・ 入試広報室の報告ではご担当の方から「伸び率の高い学校は浪速」と近隣のM学院という。あえてイニシャルは書かないが市内の有力な学校は「悲惨な状態」と言う。落ち込みが酷いらしい。こういうところからも「学校の勢い」が分かるのである。しかし嬉しいニュースだが「蓋を開けるまでは分からない」。私は「心配性」なのである。

・ 11時のアポで大阪天満宮に行く。名誉理事長が海外ご出張でご不在だったため、例の「プロジェクト」の報告相談が出来なかったために急行したのである。16日の理事会に結論を出すために経緯など事前報告をした。完全にご理解を頂き喜んで頂いた。急いで学校に戻る。

・ 「第3回目の教員採用状況」の報告を受けた。結構良い教員が手配できそうな感じであり大変結構である。今回は国語、英語、家庭科の常勤と音楽科の非常勤である。国語科については1名で良いのだが「興味有る人物」が別に1名居たので「異例」ではああるが急遽「理事長面接」を入れた。
・ 今本校は発展途上の学校である。従って様々な「種類の経歴の先生が居たほうが良い」と私は考えているのである。「金太郎飴」みたいな人ばかりでは学校は良いも悪いも「活性化」しない。全てが超まじめ優等生キャリア教員では駄目だ。中には少し位「変わった経歴の教員が混じって」いた方が良い面もある。

・ 先週末の多聞尚学館での「週末スペシャル中学校部門」は無事に終わって主坦の先生が概況報告に来てくれた。私も12日は「開講式」に行って生徒を激励した。高校と違って中学生はまだ「子ども、子ども」しており気になるのである。
・ 今回は初めて「指名と希望者の組み合わせ」で「数学ハイグレード講習」と「英語スタンダード」の2年生2クラス展開であった。従来からの「クラス単位」ではなくて「習熟度別」とも言える編成であった。
・ 「生徒のアンケート結果」などの報告があった。これを見る限り効果はあったと思う。特に数学ハイグレード講習は緊張感が確認試験の時に漂ってきたと言う。大変結構なことである。「クラス単位の講習と強化学習とを峻別」して「学力強化作戦」を考えねばならない。
・ 「習熟度別」というシステムを成功させるも失敗になるのも「教員の腕」である。教師がその気になってどれだけ「力を伸ばせるか」は生徒の力がある程度揃ったグループでいささか「難しい問題」を与えて「考えさせる訓練が不可欠」である。
・ ・ 今回始めての「多聞での習熟度別講習」であったが、今後とも教師が「その気」になって取り組んでもらわないと効果はない。大体本校教員は習熟度別など基本的に理解できないのではないか。生徒は相変わらず「遠足」みたいな感覚で多聞に来ていると思える。
・ ところで 「中学生の週末スペシャル」であるが高校生みたいに「2泊3日」は負担が大きいと考えて「1泊2日」としている。しかし「夜は22時10分まで講習」を行い、22時40分消灯就寝であるが、これはクリアできたみたいであった。
・ ところで今回は「給食業者さん」が新しい会社で、これ又大変評判が良かったという。「狙い通り」であった。今後は高校と中学で給食会社を分けて「2社体制」とする。こうしておけば「いざッ」と言うときに助かるし融通が利く筈である。子どもの口にするものだから「手抜きは許さない」。
・ 中学2年生が進めてきた「多聞農園のジャガイモ作り」は完全な失敗で採れたものは「ミニトマトよりも小さいジャガイモ」であった。どうも病気にやられたらしい。残念であるが仕方が無い。来年に期待したいと思う。
・ こういうこともあると思って「果樹園」も考えてたのであるが、ようやく季節が来たので『苗木』を準備して「栗農園」とし今日から「栗の樹」を植える作業に入ったのである。
・ 2メートル近い樹だから3年もすれば大きな栗の実がなって「大収穫」を夢見ている。「桃栗3年柿8年」というから3年である。又本日は事務長補佐に「地主」さんに「地代」の支払いと年末のご挨拶に出かけて貰ったのである。

2009年12月13日日曜日

12月13日(日)邪馬台国を訪ねる











・ 昨日の「第3回高校入試説明会」が無事に終わって「ほっと」した日曜日である。来週は「神社庁の年末直会(なおらい)」や今年最後の「理事会」などがあって大変忙しい週になるだろう。
・ 加えて今追いかけている「プロジェクトX」も「山場」を迎えることになる。「プロジェクトXって何?」と言われてもここでは書けない。そのうちに明らかにする日が来るだろう。私もその日が来るのが楽しみである。まず理事会を経なければならない。
・ こういう日曜日は「ゆっくりと静養」とするのが一番良いのだろうが私の性格は「寸暇を惜しんで」日頃行けないところに「心置きなくゆっくりと行く」のが好きである。これが「木村流癒しの方法」かも知れない。
・ 今住んでいるところから3分のところにレンタカー会社がある。大変便利で「自分の車庫」みたいな場所である。メンバーになれば大変安く一日車を借りられるのである。全ての車に「ナビゲーション」装置が付いており何処に行こうとも全く問題はない。
・ そういうわけで今日はこの秋口に日本を、中でも「近畿地方を歓喜」させ、九州地方の人々のお顔を曇らせた「奈良県桜井市の纏向(まきむく)遺跡」を訪ねたのである。「浪速高校の校長、女王卑弥呼の国を探る!」とでも言おうか。
・ 本年9月21日(土)の各紙は1面を使って「纏向遺跡における大発見」の記事を幾分興奮気味に載せていた。例えば産経は「卑弥呼宮殿の一角?」であり、他面には「勢いづく畿内説」とまで書いている。他紙も大体同じような論調である。
・ 実は今回の発見は今年1月に溯るのであるが纏向遺跡の一角に3世紀前半の宮殿跡が発見されて、「すわッ一大事、卑弥呼の宮殿跡?」と本格的調査に入った、いわば「物語の続編」の結果発表であったのである。
・ そして「東西に並んだ3棟の宮殿跡」の発見に「やっぱり、巨大な宮殿跡だった。これは卑弥呼の即位した宮殿である」との色濃い発表だったのである。更にこの近辺を掘り進めばここが女王卑弥呼の祭祀の場所だったということが明確になると・・。もうメチャ「思考も視線も熱い」のである。
・ 当然これを受けて「考古学者の論争」が又始まった。何か新しい発見があれば又論争が勃発するのである。そして決して相手方はそれを「認めようとしない」ところも全く変わらないのである。
・ 私はこういう人々の論争するのを「傍で観察するのが大変好き」である。「畿内説」の学者や研究者と「九州説」に立つ人々のもはや論争というより「喧嘩に近い」発言の応酬は本当に面白い。最後はもう「郷土自慢」に見えたりする。
・ 私は考古学者でもないし、郷土史家でもない。ただ「大和朝廷」と「卑弥呼」に大変な関心があって「邪馬台国」論争の書物は既に何冊も読んできた。畿内に住んでいるし、奈良県側に軍配を上げたいが畿内説も最後の「物言わぬ証明」がなされていないから幾分苦しいのである。
・ 「九州派」はそこを突いてくる。それは「鉄」である。「魏志倭人伝」によれば「倭人は鉄の鏃(やじり)を使うとされているが、これが圧倒的に絶対的に九州地方の遺跡に多く、畿内とは100倍以上の差異だというのである。
・ 九州説の学者は「鉄はさびるが奈良県の鉄だけが錆びて無くなるとは考えられない」とまで皮肉を言い放って「邪馬台国はすでに九州で決着している」と発言している。ある評論家は「又近畿圏の郷土史家が騒いでいる。もうバカ馬鹿しくて相手にする気もない。3世紀の木片が出た、土器が出たといってはすぐ邪馬台国と騒ぐが実に嘆かわしい。頭が論理的とは言えない。邪馬台国は九州に決まっておる」とまで堂々と書いている。
・ しかし「古代ロマン」であり「古代ミステリー」である。ボツボツ決着と思わないでもないが、「まあ無理してまで決着しなくても」と思ったほうが良いのか。しかし奈良県桜井市の纏向地方の遺跡群はすごい。まあ「奈良県は何処を掘っても何かが出てくる」のではないか。
・ 神が籠もる山「三輪山」の麓に広がる平地は、これまた「卑弥呼の墓」といわれている前方後円墳の「箸墓古墳」があって何か「神秘的な感じ」がする一体であった。箸墓古墳は纏向宮殿跡から車で2ないし3分のところにあり「宮内庁管理」の看板ががっしりと古墳を守っている。ここにも私は足を伸ばしたのである。
・ 近くには「崇神天応の墳墓」もあり宮内庁の発表では崇神天皇の祖父孝元天皇の姉妹のお墓であるとされるがすべては「日本書紀と古事記の描く世界の話」である。しかしおの箸墓古墳は最近の年輪年代方や炭素年代測定法から卑弥呼の生きた時代のものとされており「卑弥呼の墓だという蓋然性が高くなっている」と言われている。
・ 私などは「不敬」なものだから「箸墓古墳を徹底調査」したら「簡単に全てが明らかになる」と思うのだが宮内庁が「頑として」受け付けないという。この巨大な日本最古の前方後円墳が卑弥呼の墓だとしたら「邪馬台国畿内説の勝ち」で論争は終結だ。
・ 「いや」それでも「九州説派」の人々は抵抗するかもしれない。卑弥呼はそこへ死んでから祭られたのであってあくまで邪馬台国は「吉野ヶ里遺跡」にあったというかもしれない。
・ 宮内庁も「もう1800年も経っているのだから発掘調査をしても宜しい」と言えば「立派」だと思うがそうはさせてくれないみたいだ。鳩山総理は「日本史」のためだからと宮内庁にお願いしたらどうだろうか。
・ しかしそれにしても箸墓も纏向古墳群も「田舎」にあった。古代日本の中心都市がこの地にあったと急には考えられないほどの田舎にあった。遺跡跡にはビニールシートが被されており民家や県営住宅が近くまで迫っており、又さもローカルな桜井線「巻向」駅は宮殿跡のまん前にあり、それが又イメージを「はるかかなた」に追いやるのである。
・ 行きに2時間、現地に1時間、帰りに2時間、今朝6時に出発して家に帰ったのは12時30分であった。近いといえば近い。しかし今日は「充実した日」となったのである。邪馬台国の可能性のある纏向遺跡の宮殿跡に立っただけで「幸せ」であった。自分でも「好きだなー」と思う。本当にこういうのは好きである。

2009年12月12日土曜日

12月12日(土)第3回高校入試説明会







・ 一昨日学校に来られた理事長職務代理は「大体この時期理事長は生徒募集で心配だ、心配だ、と何時も言われてますなー」と言われた。その通りで12月から来年の3月までが私が罹る通年の「心配症候群」が表に出る時である。
・ 「私は心配性」である。どちらかと言うと「気の大きい」方でないかもしれない。「成るようになるさ」と「楽天的になれない性格」だと思う。どちらかと言えば「楽天的」を忌み嫌うところがある。
・ さも「大物ぶって」「どーん」と構えていることが「格好良い」とも思わないのである。一学校を預かっていることは「一国を預かっている」ことと同じことだと言った人がいるがそれくらい学校長は、特に私立の学校長は「学校を守る為」に神経を使う。
・ 中でも「生徒募集」である。それは「生徒が来なくなったらお仕舞い」だからである。生徒が来てくれさえしておれば「学校は終わらない」。学校として経営できる適切な生徒数はあるのだろが、それが幾らなのかは一概には言えない。
・ 本校では中学で何名、高校で何名と「新経営計画」に反映された「基準生徒数」はあるが、「多ければ多いほど良い」のは当たり前である。特に「耐震強度のすぐれた新校舎建設」には「尋常ではない資金」がいる。公立ではないから全くの「私費」でやらねばならないから「生徒数は絶対的な支配要因」なのである。
・ 「多ければ多いほど良い」と言ったが必ずしもそうとはならないのが難しいところである。中学校の進路指導は徹底して「輪切り」を行い簡単に言えば「偏差値」で高校進路先を決めているからである。
・ 悔しいけど「灘高校」や「東大寺学園」を狙う生徒が「浪速高校」も選択肢として考えるということはないのである。偏差値とその範囲内にある学校を進路指導の先生は進める。そうしないと行くところがなくなって「15の春を泣かす」ことになるからである。
・ ただ最近の私立高校は今後「ウィング」を広げた生徒募集になってくるというのは事実で「少子化」の中で「このゾーンだけ」という贅沢な、ある面思い上がった選別はできなくなるのではないか。
・ 生き延びていくために「あらゆる階層から生徒を集め」、そのレベルにあった教育を展開していける私立学校こそ「強い学校」と言えるのかもしれない。もう「東大に何名、京大に何名」というような時代は廃れていくのではないかという気もする。

・ 本日は「第3回目の高校入試説明会」であり、来週中学の5回目があるがこれは規模も小さく,今日の高校が「今年最後のメインイベント」であることは間違いない。これで高校は修了する。10月以来月に一回定期的にやってきたもののファイナルである。
・ これで年明けの始業式8日から「教育相談」が始まる。この日から府内各中学校から進路担当者が本校にまさしく具体的な進路相談に来られるのである。「浪速さんを受けさせて大丈夫でしょうか?」とデータを持って校長先生が自ら来られることも多い。
・ 本校の場合、今日の3回目が今までの統計データでは最も参加数が多く、「勢いを占う」数値となるだけに極めて我々は「重要視」しているのである。そして「固唾を呑んで」この日を待つのである。
・ このため入試広報室は資料準備に余念がなく、特に私の冒頭の話の準備に今回は殊更手をかけてきた。出来ては見直し、他のデータを追加するなど「念には念」を入れて来たのである。
・ はっきり言って私は「浪速木村一座」の座長であり、私の話が全てである。私は振り付けを行い、主役を張るのである。どの組織とも同じで「誰がトップか」が今日では極めて重要なファクターとなってきている。トップが先頭に立たないと「戦に勝てる」わけがない。
・ 校長が冒頭「ご挨拶」などと言って「意味もないような話」などでは保護者は満足してくれない。「トップ自らが自分の言葉で話す」ことがまずスタートである。入試広報室は「校長ご挨拶」という言葉をようやく止めて、今日は「昨今の高校をめぐる状況と本校教育の目指すところ」とタイトルが変わった。
・ その背景は「公立高校の授業料無償化」があり、この「重要アイテム」が「私立の募集にどのような影響を与えるかということは誰も分からないからである。それも今年だけの問題ではないと思っている。それは23年度から府立高校にはマスコミで言う「超エリート養成校」が府下で10校できることの影響も考えなければならない。
・ 元々強い大阪の公立高校が知事自らの肝いりで最強の公立を作ると宣言し、あまつさえ無償となったら「進学志向の私立高校」には大きな影響が出てくるのか。若しそうなればレベル2番手校への影響はどうなるのか。そこへ持ってきて「公私比率7対3」が遂に崩れた。見えないことが余りにも大きいのである。
・ 「心配症」とはこういうことであり、逆にこれを考えないほうがおかしいのである。心配性とは悪いことではない。その分「対応策を幅広に考えていく」ことにつながる。心配性が「気力を萎えさせる」なら全く意味はないが、逆に「闘志を燃やす」ものであれば心配性を歓迎しなければならない。私は闘志を燃やす。心配性で強気である。
・ 心配性は必然的にしつこくなる。あらゆることに気を配り、目配りする癖が身についておりそれが時に「しつこく」なるのである。良い表現を使えば「徹底度が違う」ということであろうか。しつこいくらいな人間でないと重要な仕事は任せられない。
・ 「私はアッサリ人間です」という輩は「自分はアホです」と言っているのと同じだと思っているから「心配症でしつこい人間」を私は評価する。要は「仕事の徹底度と完成度」が問題なのである。
・ そういうわけで今日は「過去新記録の参加者を得た。」「良かった」と全ての教職員の顔に笑みが溢れていた。学校中のパイプ椅子を全て並べたが足りないくらいだった。今後のこともあるから買い増しをしなければならない。しかしそれでも私は「専願者は?」「併願もどりは?」と心配しているのだ。心配性なのである。