2009年2月20日金曜日

2月20日(金)21年度校務分掌

・ 「来年度の校務分掌の人事」が大詰めを迎えている。毎日管理職朝会で議論している。分掌部長や学年主任は既に内定しご本人にも通知しているが「担任などの当て嵌め人事」だ。「組織についても一部見直し」をしている。
・ 「適材適所」というがこれくらい分かりにくいものはない。大体「出来る人は何をやらせても出来る」もので、出来ない人は何をやらせても出来ない。これは企業社会でも当然の話で「人事で失敗したら」その会社自体が危うくなるからとにかく「人事」には「細心の注意」を払う。
・ 払っても失敗はある。私もこの2年思い切った人事を試みたが、結果的に「失敗」はあった。高校と中学双方にだ。「良かれ」と思い、「チャンスを与えた」積りであったがその機会を生かすことの出来ない教員も正直いたのである。
・ そうかと思えば「想定以上の仕事をする先生」も居たりして、管理職の中には「変わった、変わった」という人も居るが私は変わったのではなくて、昔から「力を発揮する機会」が与えられていなかったということではないかと思っている。「人は見かけによらない」とは真実である。
・ 出来ない人は何をやらせても出来ないと言ったが「能力の問題ではなくて」「心がけの問題」なのである。「やる気がない」のである。しかしやる気がない人間を抱えておくほど本校は余裕のある学校ではない。人間のやるものだ。難しくて出来ないなど世の中にはない。
・ やっても貰わなければ困るのである。ところが「人事の妙」で、やらせたら「出来るのである。」「出来るのにしなかっただけの話しなのである。」従って「仕事をやらない人間をやらせるようにする」のが組織であり管理職の仕事だ。
・ そして「やった人間を正当に評価」する。そして「一仕事終えたら新たな次の仕事に回していく」。この「サイクルが人事」である。人事とは一言で言えば「人間を育て活用し評価し処遇する人の事」である。私は着任以来このことを徹底してきた積りである。
・ 学校はずっと同じことばかりを強制するがそうではない。進路をやったら教務をやる、次に生指をやると「次々とキャリアを重ねていく」ことが重要である。それで「人間の幅」が広がるのである。「この道一筋」はあっては良いが「様々な経験をする」ことも人生の妙味ではないか。
・ 本校では「人事センター」を筆頭管理職の副校長が務めているが、中々よく人物を観察している。最も本校勤務が30年以上だから当然と言えば当然である。管理職の最重要な仕事は「まず人を見抜き、働く場所の提供」であろう。教科ではない。教科は国家が認定している資格だからここが「不安」と言うのでは教師であるとの根拠が揺らぐ。
・ まず「担任が出来るか」「生指が出来るか」「分掌業務が出来るか」「協調性があるか」「陰日なたなく仕事をするか」「健康か」「勤務態度はどうか」「本校の風土に合致する柔軟性を有しているか」「礼節は保たれているか」「保護者と上手くやれるか」等々副校長は観察しているみたいだ。特に私学だから保護者との関係も重要視されている。
・ 副校長の原案に対して他の管理職が意見を挟み、時に議論になる。この前も副校長の観察に一人の管理職が「ウーン」という感じであったが他の3人の管理職が「異議」を唱えた。私は枠外で1対4だから勝ち目はない。
・ 私は私で「自分の情報網」で得た情報を参考にして時々意見を述べる、というか「問いかけるスタイル」だ。個人に関するお人柄や仕事ぶりを耳にして、特に学校行事などの機会を使って私も直接見させてもらっている。還暦を過ぎれば「見えてくる」ものはある。
・ それにとにかく時間があったり、何か報告を求めたい時には「直接部屋に呼んでお話を伺う」。これが最も「相手を知る」上での効果的な手段だ。加えてこれは節度がいることは承知しているが、学年主任や類長などに対して「あの先生、どう思う?」と聞く。
・ 当然「あの先生は駄目」など悪いことなど言うわけはないが、その「微妙な言い回し」の中でその人の「観察と相手の人物像」が浮かび上がってくるものだ。評価しているときには「あの先生は良い」と言葉は短くきっぱりとしている。
・ 教員というのは基本的に「同僚の悪口は言わない」ものである。お互いが「先生、先生」と呼び合う間柄で、お互いが「勝った、負けた」の世界からは程遠い世界に住んでいる。
・ 大体一人の教員の意見がまかり通るようなことはまれである。全てが「民主的」に多数決で物事を決めていく学校文化は極めて根強いものがあるのである。従って基本的に「人材が育ちにくい土壌」であると言える。
・ 「飛び出る杭は打たれる」から、前のめりや前傾姿勢は時に「攻撃の対象」となるから新しいことには極めて慎重であり、臆病となる。従って「前向きの仕事は出来ない仕組み」と考えたら良い。
・ 又、相対的に若い先生が多く、その中にベテラン教師が居て「口が達者」だったりすると「逆噴射」効果が出てくる。若い先生が「やるべし」と叫んでも、その人が「そんな案で如何するの、誰がやるの?」とでも一言言えば前向きな話は「グシャッ」とつぶれてしまうのだ。
・ 浪速においては特にこの性向が強かったように思えた。「慣例」「前例」「風土」「組合」様々なものが入り混じって世の中は21世紀というのに学校の実態は「まだ20世紀の学校のまま」と言う感覚であったのである。
・ そこには「抜擢人事」とか「特命事項」とかの「人事上の新基軸」は出来なく「これでは駄目」と判断し、まず私がしたことは「従来の管理職の一新」と「新管理職の任命」であった。次に「早期退職優遇制度」を設定して「世代交代を強制的に進めた」。
・ 校務運営委員会を「格上げ」し「校務運営経営委員会」として大きな方向を打ち出すための議論の場とした。経営委員として校務運営委員には「役職手当」を支給し「自己確認と責任」を有して貰う配慮もした。
・ 職員会議は校長の「校務運営の補助機関」として明確に規定し、「議長」などは廃止し、教頭が議事進行を担い、「議決機関」からは完全に体質を変えた。勿論時には「教職員の意向確認」のために賛否は取るが、その結果に校長は縛られない。
・ 又大きな特徴として従来の分掌に属さないテーマは「特別委員会」「特別チーム」を作って「組織横断的」に進めたのも特徴であった。「2学期制の検討」、「新校舎検討チーム」などがその例である。特に人事構成で成功したと評価しているのは「入試事務室」を「入試広報室」として格上げし「人材を投入」したことだ。
・ 又情報係を「広報情報委員会」として入試広報室に属させて「一体化」し学校の「IR作戦」を展開した。これは極めて大きな効果を生み出したと言える。典型的な「成功例」であろう。「情報発信力が格段に高まった」のである。
・ 21年度人事の目玉はまず「中学校教員体制の強化」である。「浪速中学校の戦略的ポジション」から来年度以降の極めて重要な時であり担任団は極めて重要である。最大の人事テーマである。2年間観察して大変よく分かった。
・ 次に2年間の初動の成功を受けて広報情報委員会を入試広報室から分離独立させて「教務部により接近」を図るように配慮した。しかし両組織の連携のために担当管理職は同一人物である。
・ 来年度の目玉は教育方針に「奉仕の精神」を掲げたので新たに「奉仕委員会」を組織化させた。これは今後本校の目玉活動として育てていきたいと考えている。将来的には「浪速ボースカウト」なども視野に入っている。
・ 進路指導部と生徒生活指導部に副部長格の「特命担当」を置く。「機動班」として活躍して欲しいと考えているからだ。例えば生指の特命担当は学校外の見回りなどを覆面パトロールで担当したりすることになろう。こういう人事は本校に初めての人が良い。「新たな目で観察」してもらうのだ。
・ 関大大学への進学者数の増大を目的に「インテンシブコース」を作った。特化させて関大に進学できる生徒を格段に増やしていく。更に「社会科の指導にも強化」して行く形をとった。「教科主任」も一部一新し、手当てを倍増する。教科主任に手当てを出している学校などない筈だ。教材や指導法、模擬試験、シラバス整備など「やって欲しいことは山ほど」ある。
・ メリハリをつけた「業務の提供」は確実にその人物能力と業績が浮かび上がってくる。今までの学校は「やってもやっても目立たない」、「やる人間もやらない人間も処遇が同じ」であったが今後はそうは行かない。
・ 21年度校務分掌の体制は来週23日に発表されるだろう。橋下知事は昨日の会見で「新人事制度の構築」を図り「頑張った職員を浮かび上がらせる」と述べていた。同じことである。本校でも20年度試行1年目の「人材評価育成システム」の「業績シートの提出」が間じかに迫ってきている。