2009年7月1日水曜日

7月1日(水)後半戦スタート


・ 7月1日、今日は月の始めの一日(朔日)とうことで「一斉参拝」の日であった。朔日は「学院神社拝詞」が神道科の先生の先導で「奉唱」される。朝方は曇り勝ちの天候であったが8時30分過ぎには「強い日差しが照り始めた」ので参拝の後は「熱中症が危ない」と思い、生徒たちには座らせての「校長講話」となった。
・ 今日の講話のメインは特段急ぐ話もなかったので「簡単に署名とか印鑑を押してはならない」と教えたのである。事件があったというわけではなかったが、ボツボツ「署名とか印鑑を押す意味」を教えておかねばならないと思ったのである。静かに聞いてくれていた。
・ それにしても陳腐な表現であるが「月日の経つのは早い」。芭蕉ではないが「月日は百代の過客にして行き交う年も又旅人なり」が学校には良く当たる。そして私には唐の詩人が謳う「年々歳歳花相似 歳歳年々人不同」がこの「白髪」には似合いそうだ。
・ とにかく平成21年も半分が終わった。1月以来本当に順調に来た。中でも「多聞尚学館」「関西大学との連携調印式」は最大のプロジェクトであったが、全教職員の力で見事に為された。
・ 本当は「修学旅行」もあったのだが例の「新型インフルエンザで臨時休業」となり「キャンセル料支払いなど酷い目」にあったが、結果論であって、あの時修学旅行を強行したとしても誰も褒めては呉れなかったろう。生徒を「危険な目にはあわせられない」。
・ 多くのことが教職員とPTA保護者や関係の皆様の努力で「順調すぎる」くらいに為されてきた。特に「教職員の働きは特筆に値する」。勿論全員ではない。功績大のものも居れば「そこそこ」の人も居る。
・ 見た目、やっているように見せかける者もいるが実際は何もしていない人間もいる。しかしそれが「人間社会の常」である。近隣のどこかの国ではないが全員が100%目一杯頑張っているような社会は逆に「気持ちが悪い」ではないか。色々有って良い。
・ 「1歩前に出て動く教職員」が居て初めて全員が「ぞろぞろ」と動くようになる。「校長による号令の限界」もあるし、何時も、何時もでは私も第一に疲れる。今までの学校は「出る杭は打たれる社会」であったがそれではいけない。
・ 野球と同じで「リードオフマン」が居て初めて打順はつながるものだ。100匹の羊を幾ら集めても、群れは動かない。サルの社会もボス猿が仕切っている。「一歩前に出て動かす人間が必要」だ。それが教職員の中から出てくるとその組織は強い。私はトップバッターを評価する。
・ 大リーグのイチローは偉大なるリードオフマンだ。「トップバッターの持つ気苦労」は並大抵のものではなかろう。「言い出しっぺ」というのはすごいことなのである。人のアイデヤや行動に後から「ゴチャゴチャ」いう人間の如何に多いことか。
・ 中国のことわざにもある。「最初に井戸を掘った人間」こそ美味しい水が飲めて当然である。先頭に立って「失敗を恐れず果敢に新しいことに挑戦」する人間は耀いている。私は「向う傷」は恐れない。逆に賞賛する。
・ 陰で「ぐちゃぐちゃ」言っている腰の引けた教職員は徹底的に今後とも攻め立てる積りだ。彼らに「甘い気持ちは油断大敵」であり、今後とも気を抜くことなく「信賞必罰」「論功行賞」を徹底する。そうしなければ頑張っている教職員に申し訳ないではないか。「こうとも働かざろうとも処遇が一緒」では誰が真面目に頑張ろうというのか。
・ 教職員に報いるために、この「夏のボーナス」も府の公務員のように削減はしなかった。前年度と同じにしたのである。この3日には教職員に「手元資金で夏季賞与一時金が出せる」ことが嬉しい。公務員には昨日支給された。
・ 橋下知事率いる府庁の役人には「行政職平均年齢44.4歳で77万821円で前年比7.9%の減」だという。ここから「教育職の支給額を算定」して本校の教職員の平均年齢と比較した。データはここにある。
・ 平均額はここには書けないが決して恥ずかしいものではない。「十分高い」。定期昇給もしたし支給月数も削減していないから前年度よりは全員「手取り」はアップしている筈だ。「教職員は誇りと欣治」を持って頑張ってもらいたい。
・ 更に言えばほんの一部の教職員には「特別賞与(特賞)」を付与した。額は少ないがこれで「仕事ぶりを理事長は見ている」ということが分かるだろう。勿論付与が「恣意的」であってはならない。管理職で徹底して半年分の働きを評価してのことだ。内規とおりだ。
・ 今私の手元には教職員一人ひとりの「支給額リスト」があるが確かに学校の教職員は完全な「年功序列」体系である。50才を超えた教職員と30代の教職員で大幅な差異がある。「問題は仕事振りと成果が給料に必ずしも比例しない」からなのである。しかしそれも無理からぬ面もあると私は考えている。
・ 年功序列を完全に無視して「能力給体系」に切り替えるわけにもいかない。ある程度は年功部分も認めねばベテランの「生活水準」がキープできないからだ。「子どもが大学を卒業し教育費負担から放たれる平均55才前後」まではある程度の年功昇給も仕方がないと現時点では考えている。
・ しかし55歳を超えたら昇給ストップするか思い切って落ちるのが「社会における一般的なシステム」だが教員体系はそうはなっていないから人件費は増え続けるのである。私はそれを見直した。55歳は無理があるとして「60才を基準にして新たな人事処遇制度」を一昨年スタートさせた。来年度以降その対象者が出てくる。
・ この「4月に大学を卒業」して本校に勤務してくれた「新卒の先生」にも4月、5月、6月と3ヶ月の勤務期間であるが本校では「100%算定で賞与を支給」する。その額もここには書けないが「手ごたえ」はある筈だ。
・ 新人の先生も7月3日には「社会人になった」気がするだろう。私が最初のボーナスを得たのは今から40年前の遠い昔のことだったが「嬉しく」て、今でもあの夏の「最初のボーナス」のことは忘れてはいない。
・ 要らぬお節介かもしれないが、「新卒」の先生は初めて手にするボーナスから少なくても良いから「ご両親に感謝のプレゼント」をして欲しいものだ。私も40年前に、金額は少ないが母に「ほら、自分で稼いだボーナス、これは分け前」と言って、照れくさかったが「お小遣い」を渡した。後で聞いたら母はそれを仏壇に納めて「ズーッ」残しておいたそうだ。その母の13回忌が今年の9月に来る。