2009年9月1日火曜日

9月1日(火)リーダー論


・ 今朝の産経新聞は早速新政権誕生に伴う「教育施策の混乱を予測」して記事にしていた。見出しは「日教組 重い責任」「民主アキレス腱に」「教育施策提言批判 連動の恐れ」とある。その通りだと思う。
・ 民主党支援団体の強力な組織、日教組の地方組織である「大阪府教職員組合(大阪教組)」は組合員15000人と言われるがその委員長が「公約に沿って教育改革を進めて欲しい」と語ったとある。このような光景も初めてではないか。
・ 日教組は旧社会党の時代から「野党支援を徹底」して行い、長年にわたって自民党政権と対峙してきた。今回も大坂19選挙区に立った候補者のうち民主党や社民党などの計18人を推薦した。
・ 日本全国に「日教組の組合員は現在約30万人」と言われるが全教職員に占める組織率は徐々に低下し50年前の昭和33年には86.3%であったのに対し平成18年には28.8%まで低下していると言われるが依然として「大きな影響力」を有している。
・ 選挙を前に日教組本部の書記長は「民主党が政権を取れば教育改革の第一歩になるだろう」とコメントしたとあるように今までの教育改革は改革ではないと言っているのである。国旗国歌法、教員免許の更新制度、改定教育基本法などなどこれから見直しをすると公言している政党だから「高揚する日教組」の気持ちも分かる。
・ しかしだ。国民は「アホ」ではない。新政権が教育問題でどのように出てくるか注視していると思う。余りにも硬直化した「イデオロギー的先祖がえり」の施策を打ち出してきたら一挙に批判の声は民主党だけでなくて日教組にも向かうだろう。
・ 民主党政権にとって日教組が「アキレス腱」になりかねないという指摘をする人も出始めた。日教組批判と民主党批判が連動する可能性が出てきた。今までは「自民党批判だけをしていれば良かった日教組も今度は「与党側」に立った」訳だから責任の重さを感じるべきと記事は言っている。

・ 歴史的大勝した民主党と政権からずり落ちた自民党は今後「激しい政争」が繰り広げることになろうが、その対象は経済問題などではなかろう。それは単に税金の配分先の問題でしかない。優先順位の問題である。
・ 最も大切なことは「この国の形」である。議論の対象は「安全保障と教育問題」しかない。確かに選挙戦後半になって自民党は「保守」を全面に打ち出してきた。その限りにおいては麻生総理も少しの「迫力」があったがいかんせん、遅すぎたのとすでに民主党にたなびく「燎原の火」は燃え盛っていたからどうしようもなかった。
・ 私は選挙の前後から麻生総理のお顔をズッと観察していたがあの人は官邸で何かをじっと考えて判断するのではなくて「野に放ち」、選挙演説しているのが似合っている。確かにあの「べらんめー調」は鼻に付くし、「思索と決断の人ではなかった」ということだ。余り聡明なお方ではない。
・ しかし敗れた後のあの「さわやかなお顔」に私は驚いたものだ。辞任会見の時がもっとも良いお顔をされていたように感じる。「勝負どころ」を外し、ずるずると敗退して歴史に名を残した総理にはなったが「良いところは全くなし」で要は「総理になることが目的」で「負け際だけは潔く」という「美学のみ」で来られた政治家だったような気がする。お祖父さんとはえらい違いである。
・ 麻生さんはその辺のグループ、小さな派閥の兄貴分なら「面倒見の良い兄貴分」だったのではないか。「お金持ちでキップ」が良く、「おしゃれで気障で一流好み」で、誰彼には真似が出来ない存在であった。ところが「一群のトップ」にはなれたが「一軍のトップ」はとても務まらない人であった。
・ それは「決断が出来なかった」からである。ここまでの間、このように壊滅的に負けないチャンスはまだあったにも関わらず、「ずるずる」と機会を逃し、最悪のタイミングで「引き金を引いた」という感じだ。敵に勝たせるために無意味に時間を浪費した。自分が撃った玉が自分に飛んできたのだ。
・ この人はリーダーではなかった。「リーダーシップ」ということが全く分かっていなかった人である。ところで作家の半藤一利さんは「リーダー論」で素晴らしい一文を書いている。越後長岡高校から東大に進み文芸春秋の編集長を経て作家になった人だ。
・ 「日本の一番長い日」「昭和史」「「ノモンハンの夏」など戦史から含蓄ある提言をされている尊敬する「保守派の論客」だが半藤氏は以下のように言っている。リーダーシップは軍事用語であり明治10年西南戦争でトップに皇族を立ててその下に優秀な参謀を集めて成功した体験から日本の軍政は「トップが経験不足でも参謀がしっかりしていたら大丈夫」と言う考え方が定着したという。
・ 日清日露の戦争からその後の太平洋戦争まで陸海軍のトップは能力や適性に関係なく順番制でその結果310万人が死ぬと言う結果をもたらしたと先生は言われる。なるほど今回の選挙戦で麻生大将は200人近い自民党議員を確かに死なせた。
・ 日本のリーダーのあり方はその後も基本的に変わっていないと先生は言われ、皆に「担がれるだけのリーダーでは駄目」だと言われるのである。他の意見ばかり聞いて自分の考えが無いから「ぶれてばかりいる」ことが致命的だというのである。
・ 半藤先生の定義するリーダーの第一条件は「自分で決断してぶれない」「組織の目標について部下にきちんと説明する」「常に自分の所在を明らかにする」「情報は確実に自分の耳で聞」「想像と現実を引き離す」「成功体験を過大評価しない」「部下に最大限の任務遂行を求める」の7つだと言われる。
・ 全く同感であり同意する。「我が意を得たり」と言っても良い。リーダーの「根拠無き自己自信」「驕慢なる無知」「底知れぬ無責任さ」が組織を壊滅させるというのである。その通りだろうと思う。
・ さて308名の代議士を抱え「やみ将軍」と言われる小沢一郎なる傑出した政治家をバックに抱え、市民活動家出身、旧社会党出身、旧民社党出身、日教組出身、自治労出身、連立としての社会民主党などの寄せ集まり部隊の民主党を「友愛」の旗印の下、「鳩山新総理はどのようなリーダーシップを見せる」のであろうか。教育問題でくれぐれも「先祖がえり」はしないで欲しい。