2009年9月20日日曜日

9月20日(日)その2:行事中止


・「 新型インフルエンザの攻撃」で残念ながらこの「連休中のすべての学校行事が中止」のやむなきに至った。今は25日出発の「中学3年生の九州屋久島修学旅行」だけは何としても行かしてやりたいと学院神社に祈願しているところだ。
・ 昨日の朝1限目の授業が始まる前に全校生徒に対して校内放送で「共に残念無念の意を表し、長い人生にはこういうこともある」と慰め、「大切なことは今後」であり、特にこの連休中は「気をつける」ように伝えたのであった。
・ 19日から「岸和田のだんじり祭」が始まり今日は「本宮」であった。多くの人出があったとテレビが報じていたが、あの中に本校の生徒は極めて多くいるはずだ。「泉州地域」は今後次々と「だんじり祭」や「布団祭」などもあり、間違いなく大きな人ごみの中に生徒は入っていくだろう。
・マスク、うがい、手洗いなど 「予防措置」を講ずるように言ったがどこまで伝わったであろうか。「行くな」と言っても絶対に行くのが分かっているから行ってはならないとは言えない。またお祭に「マスクをしてだんじりを曳く」というのも出来ないだろう。
・ 特に本校生徒は堺、岸和田、貝塚、和泉と南部地域に住んでいる生徒が多いために「連休明けが極めて心配」である。私は今でも「行事の中止」は正しかったのか心が揺れ動いている。少し「早まった判断」ではなかったかという疑問だ。
・ 現場の担当教員から上がってきたのを高校教頭、副校長が承認して私に最後の決済を求めて来たから「了解」したのだが、今でも「割り切れない」のだ。昨日関与した教員すべてを部屋に呼んで意思決定した時の判断基準を再度説明してもらった。
・ そして「判断は今でも間違って居なかったと思うか」と聞いたのである。筆頭副校長は「少し厳しかったかも知れない」と述べたが他の4人は「今でも判断は間違っていない」と明確に述べた。「今更校長は何を言うか」というような顔をしていた。
・ これに対して中学校の副校長は「厳しい」と述べた。「学級閉鎖が2クラスになって初めて行事中止にすべき」で「行事中止は学年閉鎖に準ずる」と言うのである。確かにこの論理は説得性がある。今回は学級閉鎖が一クラスになった瞬間に「行事中止」を下したものでその辺のところが私は割り切れないのである。
・ 勿論手順を踏んで決めたものだが「提案者の意見と言うのは大きい」ものだ。まず原案がひっくり返ることはない。もう少し「柔軟性を持たせておくべき」であったと反省しきりである。余りにも「原理主義的」基準であったと思うのだ。
・ 意思決定にこの副校長を入れておくべきであったと考えたのである。事務長も参画していなかった。自治会担当、保健体育部長、高校教頭の3人がまとめ高校副校長に上げたものでこの4人のタイプは基本的に思考方向が同じであるとかねてから私は思っている。
・ 重要な意思決定には様々なタイプの責任者を入れて「私自身がじっくりと考え判断すべき」であった。実は19日の芸術鑑賞会は中止しても今日の例祭と浪速祭は「やったらどうだ」とまで言ったのである。「無茶苦茶」な言い草だと分かっていたが言わざるを得なかったのである。
・ 「保護者にはバザーで多大のご迷惑」をおかけすることとなった。本当に申し訳ないこととなった。本校85年の歴史で初の浪速祭中止をした校長となった。私のことはどうでも良いのだが生徒への思いである。内輪で「小規模の簡略版浪速祭」を実施することを今私は考えているのだが時間がとれるかどうか。「高校自治会と中学校生徒会の会長二人」を呼んで気持ちを聞いてみようと思う。